アイドル2







「石田殿!」
「…何だ」

憮然としながらも、その顔が実は普段よりも数倍人間らしいことを、幸村は知らない。

「この間は、菓子を頂きましてありがとうございまする!」

あの後帰ろうとすると、三成が手にビニール袋を下げて戻ったのだ。…どの菓子を買うかで一時間も悩んでいたことも、幸村が知れるはずもなく。

「それで、今日はこちらを!」

と、幸村は可愛らしくラッピングされた小さな箱を差し出した。

「…何だこれは」
「石田殿は、いつも目がお疲れのようでしたので、ブルーベリーのタルトでござる!」
「ブルーベリー…?タルト?」

三成は、中を開けてみる。――中には、少し形は良くないが、美味しそうなタルトが鎮座していた。

「…貴様が?」
「はい!…佐助に教えてもらい…手伝ってはもらえど、某が最後まで仕上げ…っ。――いえ、苦手なら、あの…」

「……もらう。これは好物だ」

タルトの名も知らなかったくせに、三成はそれを素早く掴んだ。幸村は、目を輝かせる。

三成は一口かじり、

「――!!?」

止まった。
…だが、しばらくして咀嚼し始める。…顔色がどんどん黒くなっていく。

「石田殿…?」

「…っ、…う、む。…美味、…だ」

「……」

幸村は、三成の残した部分を奪い、口に入れた。

「っおい、貴様それは――っゲホッ」

「――……!!」

幸村は、何とか飲み込み、持参していたペットボトルの水を飲み、三成にも渡した。


「辛…!…申し訳、ござ…!某…!何を、間違え…!」

あまりの辛さに、幸村の目から涙がこぼれる。

「いや、違う……貴様のせいではない…」


(恐らく、そいつが…)


「すみませぬ!…せっかく佐助が教えてくれたのに…。あやつが作るものは、本当に美味いのです。石田殿にも必ず喜んで頂けると思って…」

幸村は、辛さのせいにして涙を止めなかった。

「……」

三成は渡されたペットボトルをしばらく見ていたが、意を決したように口にした。

「石田殿…?」
「…ほら。私はもう良い。後は貴様が飲め」

「…すみませぬ」

幸村が、落ち込んだまま飲み口に唇を付ける。
三成は、それをこっそり見つめていた。


「本当に申し訳なく…」
「…くどい。もう謝るな」
「はい…」

チラッと幸村に目をやり、


「――その気持ちが、う、うれ………美味かったから良い」

「え?」


幸村は小首を傾げたが、初めて見る三成の優しげな笑顔に、湧いた疑問はどうでもよくなった。













「お、真田!」
「徳川殿!こんにちは」


体育館で部活を行っていた家康が、笑顔で応えた。
今日は自主練で、生徒たちは好きなようにしているようだ。

「あっ、真田だ」
「真田くん、今日もカッコいいー」
「なぁなぁ、こないだのやつまたやってくれよ!」

わあわあと幸村の方に集まる生徒たち。
生徒会での用が済んだ後、興味本位で体育館を覗いていると、家康に声をかけられて親しくなっていた。

トランポリンという珍しい物があり、幸村はその面白さにすっかりとりこなのだ。
身軽で運動神経抜群なので、部員たちをも凌ぐアクロバティックを数日数時間で会得していた。


「マジすげぇー!何だありゃ」
「もー毎日来たらいーのに!真田」
「てか、転校して来なよもう!」

幸村は笑い、

「来年は同じ学舎ではないですか!」





(か…っ、可愛いぃぃぃ…!!)



部員たちは皆心は一つだったが、それを言うと彼が不機嫌になるので決してもらさないことにしている。



「真田ぁ、…三成、どう?」
「徳川殿…」

三成との犬猿の仲を、家康は幸村に相談するようになっていた。
初めは本当にそのつもりだったのだが、最近では単に幸村との会話がしたくてこの話題を振っている。

正直もう三成の話はどうでも良い。真剣な顔で話す幸村には悪いが、そうではなくもっと違う話を…違う顔が見たい。三成のことを話す彼ではなく。

…流れで、どうにか明るくまとまった。


「徳川殿はさすがですなぁ!」

幸村が目を輝かせて家康の技を眺める。

「そうかッ?真田には負けられないからな」
「何をッ!某とて!」

挑戦的な笑みを浮かべ、幸村は家康と向かい合って跳ねる。

周りで上がる歓声。

家康は、ずっとこのまま続けていたい気持ちが溢れて何故か胸が苦しくなる。


「はーあ!!楽しい!」

幸村が、振動の消えた布の上で大の字になる。
家康は、揺らさないように近付いた。


「暑…」

幸村が、Tシャツの裾をまくって顔や首の汗を拭った。


「……」

「…徳川殿?」

幸村は、驚いたように見上げる。
――家康が、速攻でその裾を戻したので。


「あ…、の…伸びるぞ、服…」

本人も自分の行動がよく分かってないらしく、慌てて手をどけた。
パッと床に下りると、タオルを幸村に投げ、

「それ使え!臭うかも知れんがな」

と、いつもの明るい笑顔で言った。

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