最高の贈り物6
幸村は、事情をかいつまんで話した。自分たちが、主従以上の間柄であったことも。
大昔の記憶があるといっても、事細かに覚えているわけではない。佐助への想い以外はもう、今の時代、今の環境、今の自分を幸村は生きていた。
夢で見る記憶は、どれも感情を強く揺さぶられる出来事ばかり。
幸村なりに行き着いたのは、昔の自分が最後まで印象深く刻んでいた思い出なのでは、との見解だった。もしくは、今際のときに見た走馬灯か。
記憶と言うよりは思念で、どの場面にも彼の影があった。
「信じられぬでしょうが……偽りではござらぬ…」
「………」
佐助の表情からは、その複雑な心中がありありと見てとれる。
しかし、正直に話す以外考えられなかったのだ。今になりようやく、幸村は暗い行く先に気持ちが沈んでいくが、
「さっ、佐助…?」
「──」
ふわりと抱かれ、幸村は理解に苦しむ。
だが、優しい腕には似つかわしくない、歪めた顔で佐助は、
「そんな大事なこと、何も覚えてないなんて──…本当にごめん…」
(な……に、を…)
幸村は、言葉にならなかった。
信じてくれるだけでも、充分頭が下がるというのに。
「悔しいよ…何で覚えてないんだろ…?…ごめんね……ずっと辛い思いさせて。やっと会えたのに、俺様忘れてて…」
「っ、にを言う…っ!俺の方こそ、押し付けるような話を」
しかし、幸村はまた嬉しさに涙してしまう。佐助がこぼした『俺様』の一言に。
「お前は、ちゃんと覚えてくれておった。こうして、俺を見つけてくれた……また、俺を好いてくれた…」
これ以上、何が必要だろうか。
二人で夢見たあの未来と、どこも相違ない。奇跡と言っても良いだろうに。
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『アンタうっかりしてるから、全部忘れてそうだよね。俺様のこともさ』
『何を言うかっ!自分のことさえ忘れても、お前だけは忘れぬわ!』
『…どうだかねぇ。外じゃ、俺様に見向きもしないくせに。変装にも気付かないしさ…』
『…?何だ?』
『いーえぇ、何でも』
佐助は笑ってごまかすと、
『んじゃ、そんときゃ俺が必ず見つけ出して、思い出させてやるわ。俺様は絶対忘れないし、しっつこいからね〜』
閨での見てたら分かると思うけど…と続け、幸村からの拳を軽やかにかわす。
『そこまで言って忘れておったら、タダではおかぬぞ』
『おーこわ。どうされんの?』
『…再びお前を頷かせるまで、何度も申し入れる』
『──へぇ…』
“じゃ、やっぱ忘れとこうかな…”
最後にそう言い向けた笑みは、やはりぼやけてしか見えない。
しかし、そのときに湧いた温かくも甘い感情は、長い間幸村を励ます糧の一つとなっていた。
「本当にありがとう…見つけてくれて。お前の言う通り、呆れるほど鈍いな俺は。こんなに近くにいたのに…」
(…お前が激昂するまで、感付けもしなかったなんて)
「や、それはさ…」
佐助は恐縮の面持ちで、
「あ、あまりに違うからじゃない?昔の俺様と。こんななよなよした…チャラい『侍』いないでしょ」
「…(侍)……」
幸村は、少しだけ躊躇したが、
「そんなことはない。昔のお前も同じ口振りで、主従の壁を越え寄り添ってくれた。すぐに周りを見失ってしまう俺を叱り、多くのものから守ってくれた。誰よりも冷静で強い──武者であったよ」
佐助は苦笑し、
「やっぱ、全然違うけど…」
「大丈夫だ、俺の方がもっと違う。…であるのに、お前は気に入ってくれた。だから、俺もそうなのだ。もし俺に記憶がなくても、きっと同じようにお前に惹かれておった」
「そ……かな。……で、いっか」
次は照れたように、「抗えない運命ってことで」
「うむ、そういうことなのだ」
「じゃあ…これまで通り、その…」
「…これからは、遠くからでなく、すぐ側で願いたいが」
「──うん…」
チラリと見上げる幸村の視線に、佐助の照れは再び激しい動悸となる。
幸村にとっては、己を恐怖させた行動への咎めも込めての言葉だったのだが、
(まぁ…良いか。『初めて』だったと言っておったし…)
きっと、この先は他人にするはずがないだろうから。
また密かにノロけ、こっそり優越感を抱いてしまう幸村である。
「お前に記憶があれば、きっと笑われておったよ。とんだ腑抜けになったと」
「…まさか」
佐助は本気で目を丸くし、「ずっと一人で、諦めずにここまで…んなの、腑抜けにゃ到底出来ない所業でしょ」
「……やはり…」
軽く吹き出すと、幸村は目に笑みを浮かべ、
「佐助は、俺に甘い。…俺を、よく分かってくれておる」
(用意していた、呆れ笑われた際に返す言葉……あれも、先に言われてしもうたしな)
内心で自身を笑うと、幸村は伝えた。
「佐助の言う通り、俺はお前の側におらねば、丸きり駄目なのだ」
──だから、もう二度とはいなくならないでくれ。
その想いも願いも、幸村だけではなかったと分かるのは、拍子抜けするほど間もなくのことであった。
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