最高の贈り物5







幸村の沈黙がふと気になり、佐助は浴室に行く足を止めた。
もう一度、軽くノックをし、


「どうかした…?」

「…っ……!」

思いもよらなかった案じ声に、幸村は息を飲むと、


「どぅ……か…、…ぉ……お願いしまする…ここから、出して下され…っ」


「……ぇ…」

振り絞るような懇願に、佐助の頭が止まる。
しかし、直後に投げられた言葉が、それを即座に動かした。


「お、れにも、同じほど、想う者がおるのです…ッ、ですから、どうか」


「──嘘だ」

佐助は呟くと、

「…言ったよね?全部知ってるって」


「誰にも言っておらぬが、本当だ…信じて下され!」
「嘘だ嘘だ!何でそんな嘘つくんだよ!?」

「嘘じゃない…っ」

気付けば、幸村の声は濡れていた。


「ずっと昔のことです…もう気が狂うほどに求め、恋うておりまする。会えることだけを夢見て、ずっと…」

「な…ん…ッ……俺だって……!俺だって、やっと会えたんだ!やっと見つけたんだ、アンタを!俺の…っ」

興奮が促すまま、佐助の声は荒くなっていき、

「アンタは俺のものだ!俺の側に、ずっといるべきなんだ!俺がいなきゃ駄目なんだよ、絶対…っ…絶対に!」

ドアを叩くと、佐助はズルズルとその前に腰を着けた。


「あんなの、初めてだったんだ…初めてなんだ、こんなに──こんな……、なのに、…何でだよ。…何でなんだよ……」










「…泣いておられるので?」

「──まさか」


…馬っ鹿みたい。

その一言も、幸村に対し使っていた猫なで声とは、もう全く違っていた。

佐助は立ち上がると、


「鍵、全部開けとくから…はい、お金もここ置いた。…好きに帰って」
「え……」
「タクシー、その辺いつもいるから」

「まっ……」


『カチャ』

鍵を回す音がし、すぐに離れた方から同じような音が聞こえる。


ドアが開いた。
















『佐助!!』


さっきの夢では、彼が振り返る前に目が覚めてしまった。


昔の記憶ではなく、あれは確かに現代の洋服を着た後ろ姿だった──









部屋の明かりに目が眩むよりも先に、身体が飛び出していた。
既に玄関にいた彼が、驚き顔で振り返る。
先ほどの叫びを、空耳だと疑っているのだろう。無理もないが。

両の腕が、吸い寄せられるように回った。
これは夢ではないよな?そう願い、確かめるために。



「ぁ……いたかったぞ、…ッ…!」


途端、栓が外れた。
幸村は、子供のように泣きながら腕を絡める。


「ずっとずっと、探しておったのだぞ!やはり、お前はいた…!あぁ、佐助だっ…!──さすっ、さすけぇぇ…!!」


(駄目だ、何を言えば良いのか分からぬ…!)


あまりの喜びや、これまでの思いが全て混ざって、幸村はとにかく泣いた。

伝えたいことが、沢山あるというのに。その胸から離れたくなく、その身体を逃したくなくて、言葉の代わりに力を込めた。



「──んで、俺の名前……」


(あ……)


そうだ、ドアを開ける前の会話を思い出せば、佐助に記憶がないのは明らかである。

しかし、抑えられるはずもなかった。
今さらごまかそうとしても、色々手遅れであろうし。


「す、すまぬ…突然。…しかし、また『佐助』であったのだな」

自分もそうであるし、と思ってはいたが、幸村は昔の彼の、そのまた昔の名を知らなかった。なので、自分の馴染みのある名ではないかも知れないと、そうも考えていた。


「はぁ……うん。姓は、猿飛……」

「そうか…良い名だ」
「…ぇ、そ、ぁ?そう?…良い?」
「ああ、俺の最も好きな名だっ!」

「は…、ぇ──」

「…あっ、いや……じ、実はですな、俺とあなたは……」
「へっ、(あ、あなた?)」

「その…」
「は、はいぃ…?」


(う……)


幸村は、改めて二人の距離の近さを自覚し──特に顔の──、どもり始めてしまった。



(……こ……んなにも、…い、良い男……で、あったのだな…)


顔や声の記憶がぼやけていたのは、自衛本能かも知れぬ、と浮かぶ。
こんなものが頻繁に出るのなら、ゆっくり眠ってなどいられないだろう。

などと内心でノロける幸村とは違い、佐助は未だ混乱中である。当然だが。


「…あ、これ夢?」

「違う!今度こそは夢ではない!……つまりですな、驚かせてしまうだろうが…俺とあなたは、」

幸村は、涙の跡でぐちゃぐちゃな顔を、無理やりに笑わせると、




「──運命なのでござる」






「………」


佐助はポカンとした顔で、「…あぁ…うん。とりあえず、それが分かりゃ良いわ……」と、幸村の背と頭に腕を回した。


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