ポーズはおしまい5
昨晩、幸村たちと会う前に、佐助は彼女から想いを告げられたらしいのだが、
「彼女があそこまでなったの、俺様のせいなんだよね。で、『俺何やってんだろう』って反省したんだけど、あの子への罪悪感よりも、旦那のことばっかでさ。こんなのしてる暇あったら、もっと旦那に良いとこ見せろよ俺…って」
(……?どういうことだ…?)
幸村の怪訝顔に、佐助は観念した表情で、
「実は、あの子元々は旦那に気があってね。…で、簡単に言やあ、それを消したかったわけ。ついでに言うと、もう一人の子もそう。ってか、あっちはバリバリ旦那のファンで、それで最近近付いてた。──のを、誤解されたみたいでさ」
「…………」
幸村、考えること数分間。
…………………………
「な………っ、…はぁあ……!?」
「…な?小さいっつーか、陰湿っつーか、女の敵でクズですよね。いやもう分かってるから、何とでも」
「しっ、しかし、あの方は佐助を『好き』だと──ぁッ、」
「あ、聞いてるからだいじょぶだって。あれはねぇ、俺様のスタイルが好みなだけ。それを旦那に聞かれたって、すごい嘆いてたよ」
『違うんです、って真田先輩に絶対伝えて下さいね…っ!』
「…で、言うわけがないんだけど」
「──…」
言葉もない幸村に、佐助は真面目な顔は崩さず、
「…俺様も隠しててごめん。旦那の気持ちが嬉しくて、もっと欲しくて、俺だけに向いててもらいたくてさ。ずっと卑怯な真似してた。旦那から好きって言われたときも、わざと返事遅らせて…」
(え……)
しかし、幸村の中に怒りは湧かず、信じられない思いで一杯である。もう何というか…何もかもが。
「何故そのような…誰に何と言われようと、この気持ちがお前以外に移るわけがあるか。…昨日今日抱いた想いではないのだぞ…」
「…ッ、本当にごめん…!」
「!!」
一瞬で佐助に身を取られ、ソファに押し倒される幸村。
不意討ちで内心アタフタだったが、佐助的には謝罪と誠意の表現だったらしい。
それ以上の意味はないようで、幸村もホッと力を抜いた。
「旦那の良さが分かるのは俺様だけだと思ってたから、すっかり焦っちゃってさ。俺様に尽くす旦那に、超いい気になってたし…『好き』とか言うの出し惜しみしたり、昨日みたいなのも」
「!?いいいいッ、いいもういいから佐助!分かったゆえ──」
(…ハッ、しかしそういえば……っ)
お陰で、幸村の一番確かめたいことがパッと浮かび、
「でで、では、その……だだ誰と、…い、致した……のだっ?」
「…『致した』?…誰と?」
それは、二人の間では、愛の営みを意味する言葉であるのだが。
キョトンとする佐助に、幸村はムッとしながらも、恥じらいにもごもご口を動かし、
「昨日、お前が言ったのであろう?俺と……が、『一番』だと……」
「──ああ、」
思い出したらしい佐助は、一つ頷くと、
「それで旦那、浮気だと思ったんだ。いや、おかしーなとは思ってたんだけど」
(は…!?)
笑う佐助に、次は幸村が唖然とする番である。
佐助は、「ごめん、紛らわしいこと言って」と笑い収め、
「だって、旦那とするのが一番だからさ。旦那が好きだから、最高に昂るし気持ち良いんだよ。…比べたのは人じゃなくて、これからも絶対ないから安心して」
「さ…ッ」
『コレコレ』と示すように、自身の片手を幸村の身体に這わせる佐助。しかも、すごく良い笑顔。
格好を付けていた殻が破れたことで、色々と吹っ切れたらしい。
幸村は、あわわわと固まり真っ赤になっていくが、『もう一つ』の疑念を晴らすため必死に、
「なっ、ならば、なぜ、佐助は、『致す』度に、手慣れて、おるのだ…?…いつも毎回、それ以前とは、全く違うだろう……!」
「へッ…?」
佐助は目を丸くし、その手を止めた。
「ぇ……と、それって、どう…」
「佐助…」
『どんな真実でも受け入れる』と、幸村は覚悟の瞳で彼を見上げ、
「これからは、俺以外で腕を上げて欲しくない……の、だ…」
「──そっか。旦那は、俺様のこと信じてくんないんだ」
「え……」
起き上がり、背を向ける佐助。その沈んだ声に、幸村の胸を不安が掠める。
「あ、ち、違うのだ、佐助…」
「俺様、最低な奴だもんね…ずっと隠してたし、浮気じゃなくても同じようなことしてたわけだし。信じられなくても当然だよ。疑われるの無理ないか……ハハハ…」
乾いた笑いに合わせ、佐助の肩が揺れた。
幸村は、一挙に顔色を変え、
「すまっ、すまぬさすけぇ!!お前を疑るなど、どうかしておった!お前は最低じゃない!それもこれも、俺のためにしてくれたことだろうっ?あの方には申し訳なかったが、俺は、嬉しっ」
(……あれ?)
再び先ほどの体勢に戻っており、夢でも見ていたのだろうかと瞬きする。
自分に覆い被さる佐助を見上げ、幸村は大きな瞳にそれを映した。
「…うん。全部全部、旦那のため。旦那を俺様に惹き付けるため。これも…」
「っ…ん……、…ッぁ…」
軽い口付けをし、幸村のシャツのボタンを開けていく佐助。
ちゅ、ちゅ、と音を立て鎖骨が浮き上がる肌を吸い、首筋に付けられた薄い傷痕を舌と指先でなぞる。
「さっ……ゃッ、…っめ…」
だが佐助は止めず、甘い表情と笑みでもって、幸村の懇願も抵抗も易く溶かし尽くすと、
「身の潔白を晴らすのも兼ねて、それを証明してみせるからさ。旦那は、しっかり確認頼むね?」
“『誰が』腕を上げてくれてたのかってことも、ちゃんと分かってもらいたいし──”
その囁きに、既に理解したと主張する幸村だったが、あえなく実践でも思い知らされる。
気付けば早朝、途中からの記憶の消失に身震いした後で、
(しかし、これも俺のために努めて…)
やはりどうあっても、惚れた者は負ける運命であるらしい。
想いは遥かに増えてしまい、そんな自身に呆然とする。
でありながら、くすぐったさが剥がれず、幸村の笑みはしばらく止まらなかった…。
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