ポーズはおしまい3
入浴を経て幸村の足腰の力は戻ったものの、佐助の部屋に行けば、今度は全身骨抜きにされてしまった。
再びシャワーだけ浴び自室のベッドに倒れると、同じくサッパリした佐助が部屋を訪れた。
毎回のことだが、幸村は恥じらいや何やらで、布団に潜り顔を隠す。
「旦那、大丈夫だった…?」
「………」
控えめに頷く姿に、佐助は内心でホッと一息をつく。
「ごめんな、いきなり。…俺様ホント駄目だわ…小っさ過ぎ」
「え…?」
きょとりと顔を出す幸村に、佐助は苦笑し、
「最近、部活頑張ってんなーって応援しながらさぁ、あいつらとばっか楽しそうにしてる気がして、勝手にすねてた。…ごめん」
(えっ──)
幸村は目を丸くする。
それはつまり、もしや佐助も自分と似たような…?
今までは聞いたこともない言葉だったので、幸村は『まさか』と疑いや期待で混乱、何も言えずにいると、
「旦那はやきもちなんか妬かずに、俺様のこと信じて想ってくれてんのに……俺、何やってんだろうって。…本当にごめん……」
「なっ、」
自分だって同じだ、何を謝ることが?とすぐ浮かぶが、佐助の思った以上の深刻な顔に止まってしまう。
さらに佐助は、自責するよう額に手をやり、
「俺様間違ってた。…一番大事なもの、見失いかけてた」
「佐助…?」
「………」
だが、佐助は幸村の髪を撫でるだけで、それ以上は何も口にしようとしない。
そのとき、佐助のケータイが鳴り、
「…見なくて良いのか?」
「メールだし、別に」
「しかし、急ぎの用やも知れぬぞ」
「……」
佐助はサッと一瞥すると、「──ウザ…」
(…!?)
その声にギョッとする幸村だが、彼に向かう佐助はもう普段通りだった。
佐助は気分を変えるよう微笑み、幸村の耳元に唇を寄せ、
「ちょっと久し振りだったけど、すごい良かったよ…俺様は」
「!!」
妖しい笑みとその台詞に、幸村の顔から火が上がる。
それで、先ほどまでの引っ掛かりが吹き飛びそうになったが、
「やっぱ、旦那とするのが一番だわ。最っ高に気持ち良い…」
それからの幸村の頭は布団より出る気配が見られなかったので、佐助は大人しく部屋を後にした。
──翌日の放課後の、『開かずの間』にて。
「………」
出したお茶には礼を言ったが、それ以降幸村は一言も発しない。
昨日までは、悩んでいても元気はあった。
不安に思った小太郎は、筆談で『秘密厳守は最初に誓った通り』だからと、話すように促してみる。
心配をかけてしまっていると、それだけは幸村も分かったらしく、
「すみませぬ、余計な心労を…。──いえ、良いことがありましてな。あまりの幸福に、頭がついていかぬのだろうと…」
(幸福?)
なら、何故そんな顔でいるのだろう。小太郎は首を傾げる。
幸村は、少し口元を緩めると、
「『押して駄目なら引け』…某、あれを知らぬ間にやれておったようで。何と、佐助も焦れてくれておりまして、最も大事なものが分かったと…」
「……」
「嫉妬を必死で隠した甲斐があり申した。佐助は、それでそう思ってくれたらしいのです。『やはり某と…』──いえ、某が一番だ…と」
(………)
何からの『やはり』なのか?
それをいくつか想像してみると、彼の浮かない顔の理由が、何となく推測できた小太郎。
佐助の交遊環境を考えれば、あり得る事柄かも知れないが、
(漏らすとは思えない…)
他の誰かと関係を持ち、それで本命の重要さに気が付いた。よくある話だろうが、佐助ならば、最後まで事実を隠し通すのでは?
というか、記憶と現実から抹消するに違いない。あの口の巧さで、相手の口も封じて。
恐らく、何かの誤解だろう。
だが、それは自身で確かめなければ、理解と納得には到らない。
『このまま何も問わず、知らぬ振りを?』
「…佐助は、某の信ずる心を良く思ってくれたのです」
『それが、心移りさせたかも知れないのに?「あれなら気付かれないだろう」と、甘く見られて…』
「あやつは、そんな人間ではござらぬ!」
『では、その顔は?解決したなら、何故またここへ?』
「──…」
詰まる幸村に、続けて小太郎はペンを走らせ、
『疑いを持ったまま良い顔をし続ける…それも、裏切りの一端になるのでは』
「……っ!!」
ハッと眼を開く幸村を、静かに見つめる。
想えばこその臆病風なのだろうが、彼に着飾りは似合わないし、して欲しくない。
そもそも、あの『嫉妬』は、隠すよりも…
「風魔殿…ッ、申し訳ござらぬ!某、間違っておりましたぁぁ!!」
ぬぉぉお!!と咆哮を上げ、幸村は熱い炎を目に宿し、小太郎に向き直る。
「佐助は自身をさらけ出してくれたというのに、それに優越感を抱き、格好を付け…真の己で向き合わず、逃げておったようです…!何と、お恥ずかしい!!」
バン!!と両手をテーブルに着き、『復活』を表現するように幸村は腰を上げた。
(…ああ、元気になった)
良かった良かったと、安堵する小太郎。
勢いでソファが倒れ、本棚の本がバサバサ雪崩落ちたが、そのくらいの被害で済んで良かった。
そんな様子にも気付かず、幸村は拳を固め震わし、
「男らしく…某らしく、今一度佐助にぶつかって参りまする!このお礼は、後日必ずや!」
『バーン!!』
ズダダダダ──
「………」
最後に扉を大破され、廊下から入ったそよ風が、小太郎の髪を揺らしていった。
[ 87/101 ][*前へ] [次へ#]