ポーズはおしまい2



先ほどから彼の声しかしないこの部屋は、学校の『開かずの間』と称される場所。
恐ろしげな噂が囁かれていたが、中は普通の応接室で、佐助と同じ三年生の生徒が一人いるだけだった。

風魔小太郎という、非常に無口な彼。実は、『学校カウンセラー』というもう一つの顔も持っていたらしい。(常識はさておき)

小十郎に勧められ、数日前からここに通い始めた幸村。
初めは戸惑ったが、彼の口の堅さと、何も言わずただ耳を傾ける姿勢に、次第に口を開いていった。

不思議にも、こうして気持ちを吐き出すだけで、大分楽になれる。



(しかし、毎日毎日……)


その度に、こんな自分が嫌になる。佐助を想えば想うほど些細なことが目につき、ウジウジウジウジと、何と女々しい…
(実際には、無意識に物を破壊し、発散・中和しているのだが)

こんなもの、佐助には決して知られたくない。だから、今はこうして処理するしかないのだと、自分に言い聞かせる。


「………」
「あ…、ありがとうございまする」

小太郎がお茶を淹れてくれ、湯呑みの温かさにほぅっと息をついた。
季節は、秋も終わり頃。冬の足音が、日々刻々と近付いている。


(もう一年以上も過ぎたのだ、分かっている…)


テレビや本の知識ではあるが、幸村でも見知っていた。付き合い初めは二人だけの世界で、日を重ねるごとに、それは薄れていくという話を。実際、自分たちも例に漏れず…

しかし、通じ合える前も今も、そういった感情抜きで、佐助は幸村を慈しんでくれている。だというのに、こんな嫉妬にばかり囚われる自分。──情けない。
そんなことよりも重要なのは、佐助をもっと想い大切にする、それ一本であろうに。

愚痴を散々言い楽になった後で、必ずこういった反省が訪れる。初めての際は、佐助の悪口を言っているようでひどく後悔したが、


『相手への思いがあれば、仕方のないこと。それにまで気を病む必要はない』

と小太郎にメールをもらい、随分救われた。(図書室のパソコンから届いた)

だが、だからといって胡座をかいてはいけない。思いきり吐いた後はちゃんと切り替え、本来の自分を取り戻そうと努めていた。


「風魔殿、此度もお聞き下さり、ありがとうございました。いつも、旨いお茶までごちそうさまにござる」
「………」

いえいえ、という風に片手を振る小太郎。


「それでは失礼致しまする」と部屋を出て、軽くなった身で学校の道場へ向かう。

幸村は帰宅部の身だが、秀でた身体能力から、複数の部に出入りを許されている。剣道部には政宗、空手部には家康という、ライバルであり友人でもある同級生がいるので、ほぼ毎日両部へ顔を出していた。

思いきり身体を動かせば、心も晴れるというもの。




……………………………




小太郎は、湯呑みを片付けながら、幸村の姿を思い浮かべていた。…彼には、まだ他に抱えている悩みがあるようだ。

それにしても、人とは見かけによらない。まさか、彼のような人間が、あそこまで思い悩んでいようとは。

恋愛というのは、色々と大変なのだな…と、カウンセラーには不似合いにも思える考えを、のんびり抱く彼だった。













部活を終え、いつものように政宗と家康と校舎を後にする幸村。

ワイワイ言いながら正門を出ると、


「お疲れ〜」
「!!佐助…っ?」

私服姿の佐助が、手を上げ三人を出迎えた。
幸村を通じ、佐助も二人と親しい仲なのである。


「ちょっと用足してたら、遅くなっちゃってさ。ごめん、ご飯用意してなくて…外食で良い?」
「…ああ、そんなの……」
「Hum、なら俺らも食って帰ろーぜ」
「そうだな」

政宗たちの言葉に、佐助は笑って、

「やったね旦那、オゴってくれるってよ〜」

「後輩にタカんのかよ?」
「『譲って』くれるのなら、いくらでも振る舞うぞ」

立派な財布を見せ付け、家康も佐助と同じような笑顔で応えた。


「…?」
「ははは。俺様のよーな庶民が、御曹司に何を譲れますかね」

佐助は飄々とかわし、家康は苦笑を浮かべる。

不思議がる幸村を政宗が引っ張り、見た目は平和に店へと向かう四人だった。











外での夕食を終え二人と別れると、自然口数も減っていく。

二人きりの時間はとても嬉しい幸村だが、これも不甲斐ないことに、未だ緊張に鼓動を速めてしまうのだ。
それを隠すためにも、今日あった学校のことや、部活動の成果を明るく報告する。

家に着き、幸村から玄関に入った。
後に続いた佐助が、ドアの鍵を閉める。


「旦那、外の電気消して?」
「あ、おう…、…ッ!」

消してすぐ、廊下の照明を点けようと手を伸ばしたのだが、それを佐助に素早く掴まれ、幸村は息を飲んだ。

「………」
「さ…」

腕はゆっくり下ろされ、壁に背を着かされる。暗闇と静寂の中、吐息が近付くのを感じて間もなく、唇を塞がれた。

壁に当たらないようにとの気遣いか、佐助は幸村の後頭部に片手を回し、


「んんッ……、ふ…ぅンっ……」

深められる口付けに圧され、幸村の喉から甘い音が漏れた。それさえも喰らおうというのか、幾度も食まれ、緩い刺激に熱と疼きを孕まされる。

長い舌が右往左往縦横無尽に中を動き回り、とろけるように気持ちが良い。
破廉恥以前に『汚い・気持ち悪い』と思いそうなものを、佐助のそれはとても甘美で、幸村の戸惑いを綺麗に覆していた。

ただ、少々久し振りの行為だったので、前にも増して翻弄されてしまう。


「は…ッぁ、っ……」
「………」

頭と身体の芯が痺れ、解放されても、佐助の腕の中でぐったりと虫の息になっていた。
佐助は、そんな彼をゆっくり廊下に座らせると、


「今日さ、大将遅いんだって」
「……」

「お風呂沸いてるから…」

部屋で待ってるねと囁き、佐助は二階へと消える。



(…うぅ……)


震える足腰を何とか起こし、幸村はヨロヨロと這うように、浴室へ向かった。

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