数年分を数日で5



「元に戻るまでで良いから、夢を見せさせろ…」
「…っ……」

身体を傾け耳元で囁けば、幸村がビクリと身を震わせた。


「お前は、小せぇ俺が気に入ってたみてぇだから、悪いとは思うが」
「え……」

顔を間近にすると、小十郎の胸は外にまで漏れているのではないかというほどに、やかましく鳴り狂い始めた。

少年の頃でも、こんな風になった覚えはない。

この状況への喜びに、全てが高揚する。
想う相手に近寄れるということが、ここまで嬉しく、甘く切ないものであったのだとは。


これで最後だと思っても、そこまでの絶望は来ない気さえ。


──だが、小十郎の胸は、すぐに別の衝撃により撃ち砕かれることになる。

その起因である幸村が、そっと手を上げると、



「お、……『お世話』、致します、る……」

と、おずおずながらも、小十郎のそこへ近付けたのだ。


「おい…!?」

自分で言っておきながら、小十郎は素早く腰を引き、


「さな…っ、お前、分かって…!?」

と、彼を驚愕の目で見下ろすのだが。


「………」

幸村は手を下ろし、


「分かっておりまするし……嬉しゅうござる…」



(な、)



ふわっと微笑む幸村に、小十郎は撃たれたそこから凍結していき、…だが、目と耳だけは正常に働く。

幸村は、また笑むと、


「驚き申した……以前から、『片倉殿の幼い頃を見てみたい』と、ずっと思っておりまして。想像以上に可愛らしゅうて、どうにも止まらず──ですが、大きくなるにつれ、元の姿に近付き…」

頬に照れの色を浮かべると、


「普通に接するのも、一杯一杯です。…小さな片倉殿ならば、某がベタベタしても奇妙には思われないのでは…と、つい…。

…片倉殿は某と違い、すごく大人で……もし年下であれば、葛藤の一つはなくなり、今より望みはあっただろうか…などと…」


悪戯がバレたときの子供のような表情になると、笑みははにかむものへと変わった。


それに、小十郎の頭はじわじわと働き出す。

胸の動悸が再開し、歓びはこれまでの人生で頂点を極め、

身体がまだ少年であるからなのだ、と思えば、素直に受け入れもできた。



(りょ、…『両想い』ってやつなのか…?)


浮かぶ単語も、ひどく青臭いものにしかならない。
だが、やはり清々しさは変わらず、心も朗らかになっていく。




「真田…」
「片倉殿…」

幸村は桃色の頬でもって、片手を伸ばす。

それに自分のものを絡めようと、小十郎も倣い、


(ん?)


二つの手はスカッとすれ違い、幸村のものは、そのまま進む。



(うッ…!?)



「あ…っ」

家の電話が鳴り出し、幸村は慌てて寝室から出ていく。


「おお、徳川殿!」

自分や政宗を通じ、彼とも親しい幸村。
小十郎の件で、話が盛り上がっているようだ。

ほんの数分話すと、また戻り、


「徳川殿、『買った服などのお金は払う』と……良いのに、と言ったのですがな」

「…そうか」

「『ストレス発散、スッキリはしただろう?たまには休みも必要だぞ』と、伝えてくれと。…しかし、某がいては休みになれませんでしたなぁ。申し訳ない…」


「いや…」

小十郎は、優しく微笑むと、


「充分休ませてもらった。…今日から連休明けるまで、もう全部休むことにする」

「おぉっ!真で!?」

輝く顔に、微笑みはさらに増え、


「バッティングセンターや……他にも、近所だがまだ行けてねぇとこが沢山ある。もしお前が良けりゃ、一緒に、」
「某も、同じことを言おうとしておったのです!」

「決まりだな。じゃ、まずは朝飯だ。…すまねぇが、下のカフェのサンドイッチが食いたくなってよ」
「お任せ下されっ!すぐに買って参りまする!」

「悪いな。…それから、シャワー浴びて良いか?汗かいちまって…」

どうぞ!と幸村は快く言い残し、玄関から出ていった。




「……っ!」

見るも素早い動きで、小十郎は脱衣所へ直行。

ジャージを洗濯機の中に放り込み、下着のまま浴室へ入る。



(あり得ねぇ…)


浴槽の縁に片手を着き、下着の中の惨状に目眩を起こし、思い切り首を垂れた。

…ほんの少し、触れられただけだというのに。


(しかも、また…)


情けなくなるが放りもできないので、下着を洗った後で処理することにする。

…洗濯は、お詫びにさせてもらうとしよう。
で、今日は夕飯もごちそうし、明日からの休みは、彼に尽くし通すのだ。



(確かに、『スッキリ』はしたが…)


こんな解消の仕方は一生ごめんだ…と、赤らみ歪む顔を、必死にシャワーでほぐそうとする、片倉少年であった。














連休が終わり、本格的な夏が近付くにつれ、小十郎の仕事は徐々に落ち着き始めた。

数年前から続いていたプロジェクトが完了し、政宗は、早くも上に立つ者としての力量を余すことなく発揮し始め、喜ばしい限り。



「土産だ」
「おぉっ!某、大好物でござる!」

美味しそうな桜餅に、顔を輝かす幸村。

小十郎も笑い、お茶を淹れた。


今日は小十郎の部屋だが、時々幸村の方へも邪魔したりする。

残業も減ったので、ちょくちょく夕飯を一緒にし、休みの日は二人でどこか出かけたりの日々。

不思議にも、仕事は以前よりもはかどり、溜まりやすかった疲れも、今では思い出せぬほどである。


「夏期休が連休で取れそうでな、どっか旅行でも行かねぇか?」
「いっ、良いので…っ?」

小十郎は、不敵に笑うと、


「今度こそ、『世話』してもらおうと思ってよ」


「──…」

幸村は言葉を失い、顔を染める。

くく、と小十郎は笑うと、


「あんときゃ、大胆だったのにな…」



……………………



『あっ、あれは…っ、片倉殿が、今より若くて…、し、しかし、今の片倉殿は、その…、うぅ……』


…あの後、元に戻ってから聞いた言葉。

それで、何だかんだで、二人は手すらまだ繋いでいない。



「──ま、今の俺は『大人』だからな。いつまででも待てるが…」

「ど、努力致しまする。…旅行の日には手を……しかし、誰も見ておらぬところで…っ」

「分かった分かった」

必死な顔に、小十郎は苦笑する。



『あまり待たされると、色々容赦できなくなるかも知れねぇが、構わねぇか?』


愛の言葉でありながら脅しでもあるあれは、効果絶大だったようだ。


などと笑いながらも、元に戻ったのだというのに、小十郎の胸には、あの日感じた全てが残されたままで…

そのときには、自分の方が激しく動揺するのではないだろうかと、戦々恐々ともしている。


結局、自分は幼児から大人であっても、彼の前ではリードする側にありたいと思う人間なのだな、と理解した。





「旅行、楽しみでござる」

「ああ……」


俺の方がな、と危うくこぼれそうになり、食べかけの桜餅とお茶で蓋をした彼だった。







‐2012.5.8 up‐

あとがき


読んで下さり、ありがとうございます!

何で突然、小十幸…ですよね;

元々、佐助の中の人の誕生日と子供の日で、ほのぼの拍手文(佐助が主で)…と考えてたのに、「子供」ってキーワードだけ残って、こっちの妄想が始まった顛末です。

また中途半端な二人(--;)佐助いないんだから、もっとラブラブにすれば良いのに…。

実は、小十幸かなり好きです。が、自分で書くには難しいな(;_;)と。政宗様もそうだけど、それ以上に男前なので。
彼が相手だと、幸村を乙女というか女々しくしてしまいそうになり、どうなんだろぅぅと、二の足踏んでしまう。
でも、またやろうとするんでしょうけど(^^;

しかし、下ネタ展開すみませんでした。微々破廉恥じゃなく、下品と表記すべきかな…と思いつつ;
こじゅは、子供の頃から男前だったに違いない^^
幼児期の台詞、ひらがなにしてもみたんですが、すごく可愛くなかったのでやめときました。


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