数年分を数日で3



「あ、いつもの片倉殿の髪型ですな」
「…ああ」

張り付く髪を小十郎が後ろにやると、ふふっと幸村が笑い、


「小さな片倉殿でござる。元の姿と並べば、親子のようでしょうなぁ」
「…本人だからな」

朝からずっと『小さな自分』だったというのに…と呆れそうになるが、その前に、彼らしい感想に笑みがもれる。


「某も、似合いまするか?」

まだ洗っていない髪に湯を少し浴びせ、前髪を上げてみせる幸村。
白い額が露になり、大きな両目が一層際立つ。

頬には雫が滴り、熱気で色付いてもいた。


「…似合わん」

「ああ、やはり」

肩と片腕を浴槽の縁に預け、苦笑する。

もう一方の手で髪をクシャッと崩すと、額や頬に、濡れたそれらが張り付いた。



(………)


嘘をついてしまったのは、どうしてか落ち着かない心地にさせられたからで、

今までは、その身体をまともに見てもいなかった──と気付いてしまうと、ますますそれがひどくなる小十郎。

紛らわすように、自分から話題を振ろうと、


「お前は、『上』には向いてねぇな」
「え?」

「甘過ぎる。…普通なら、周囲の目を気にして、『子供らしく』させようとするだろう?俺の口調…」
「…ああ……」

今気付かされたという風に、幸村は目をパチパチさせる。

今度は小十郎が笑い、


「お前が、『片倉殿片倉殿』ってうるせぇんで、周りの視線が痛かったぜ。どういう関係だって、何人に思われただろうな」

「し、かし……片倉殿、断ったのでは?それらしく見えるような、演技など」

「…まぁな」

少し間を置き、小十郎がフッと笑えば、


「でしょう?…それに、小さくても、やはり片倉殿は片倉殿なので、呼び捨てになどできませぬよ」
「…なら、子供扱いはやめてもらいてぇんだがな」

「それとこれとは、話が別でござる」

と、幸村はいたずらっぽく笑い、小十郎の頭を撫でた。

すると、



「…え」
「ん…!?」

急に湯船が狭くなり、二人は同時にその場に立った。


…その身長差は、先ほどより明らかに、縮まっている。


「片倉殿!大きくなっておりまする!」
「…みてぇだな」

ザッと上がり、鏡の前に立ってみると、小学校高学年頃の自分の姿に変わっていた。


(段階踏んで戻っていくのか…)


またもや驚かされたが、元に近付いていると思えば、心にも励みが湧く。

小十郎が落ち着くと、幸村も同じくになったようで、


「お、大人っぽい小学生だったのですなぁ…」

目を丸くして眺めていた。

声も少し低くなっており、背丈はまだ幸村に届かないが、それでもかなり…


立ったまま向き合うと、今さらだが全裸であることに、二人はハッとする。
幸村は湯船に浸かり直し、小十郎はタオルで隠した。


「あの、そ、某、髪を洗うので、ゆっくり浸かって下さ…」
「い…や、充分だ。もう出る」

「そ、そうでござるか?」

某もすぐに上がりますので、との声を背に、小十郎は浴室を出る。












(…いや。男同士なんだから、構わねぇだろ)


頭や身体を拭きながら、小十郎は何度も自分に言い聞かすのだが。

彼は、恥ずかしがって隠す性格なのだろうが、自分まで釣られることはなかったというのに。


(元の姿なら、誓って隠さなかったが…)


そういうところも、「子供に」なってしまっているのだろう。

と結論付ければ、胸の早鐘は解消した。




(…男のくせに……)


やたらと艶っぽい肌や、何やらのせいだと苦虫を噛み潰す。

…普段は、そんな雰囲気など全く見えないというのに。



「クソ…」


早く元に戻り、このおかしな感覚から離れたくて仕方なくなる小十郎だった。













幸村の部屋の間取りでは、寝室とリビングが繋がっており、ベッドからソファがよく見えた。

消灯されたので、黒い影しか見えないが、安らかな息遣いは感じ取れる。


小十郎は、入浴後のやり取りを思い出す…









『すまねぇ。金はきちんと払うからよ』
『あ、いえ!』

今日買った幼児用のパジャマを前に、幸村は座って佇んでいた。
なので、頭を下げたというわけなのだが。

今の小十郎には入るはずがなく、幸村の服を着ても、袖や裾が少し余る程度だった。


『先輩に、息子持ちの方がいらっしゃるので、ちょうど良かったです』
『そうか…』

幸村は、静かに苦笑すると、


『本当は、二人で寝ようと思っておったので…少々残念ですが』
『………』

『さぁ、片倉殿はベッドへ…某は、こちらで』

当然、小十郎は「逆だろうが」と断るのだが、幸村の強情は変わらなかった。




───────………




今日は酒が入っていないからなのか、目が冴えてしまい、睡魔がなかなかやって来ない。

他人の家で泊まること自体、あまり好まない小十郎であるので…


しかし、理由はそれだけではないようで、もう数時間はベッドの上でモヤモヤしていた。

モヤモヤというか、



(何だって、こんなに苛つくんだ…)


風呂から上がり、幸村と言葉を交わす度に、それは募っていった。



パジャマを見て、寂しそうにする背中。

『一緒に寝たかった』と、残念がる顔。


…あの、慈しみの目。

子供に対して向けられる。





白い肩と、

頬を伝い、滴る雫……





「──…」


何故そんなものを、今思い出すんだ…?と、茫然ともしてしまう小十郎。


だが、それがかえって良かったのか、何とか就寝はできたようだった。

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