かみかくし(後)-2








『大丈夫…もう大丈夫だ、幸村。俺が、倒してやったから。ほら、全然動かねぇだろ?あいつは、二度とお前にこんなことはできねぇ。誰にも言わねぇし、汚いとか思わねぇ。何があっても、俺の気持ちは変わらねぇから…』



何度も何度も、繰り返す。

初めて聞いた、優しい声色で。


──頭から全身、真っ赤に染め上げて。

ポタポタと滴るそれが、自身の身体に垂れる。



震えが止まることはなかった。




──────………




『…俺は、何と詫びれば…?…政宗殿に、一生かけても償えぬ罪を負わせてしまった…』

『旦那…』

彼を哀れみ、また慈しむ表情で、


『大丈夫…俺様がいるよ。そんなに気負わないで。罪悪感に押し潰されそうになったら、俺様に何でも吐き出してよ。俺様になら、何だって言えるし、できるでしょ?俺様のは、あいつが旦那に抱いてる気持ちとは違うって…よく分かってるだろうし』

ね、と優しく微笑む。


『佐助…』

『ほら、もう寝て?…何もかも忘れて。それが一番、旦那のためになるし…あいつのためにも。忘れてあげて、全部──』



瞼が下がり、意識がまどろみ…

次に目覚めてみると、灰色の世界が自分を待っていた。











今晩の悪夢は、殊に気分が悪い。




『何で、いきなり「あいつ」のことなんざ思い出した…?』
『ねぇ、どうして?怒らないから、言ってみて?』

……………

『聞こえねぇよ』
『…まさか、何か隠してるの?俺様たちに、嘘を…?』


……………


『──じゃ、仕方ねぇな』
『また、教えてあげないとだね』



佐助に背後から抱かれ、たちまち硬直する身体。
項に、長く冷たい指先を這わされ、首筋に唇を付けられる。

胃の中のものが逆流する感覚に襲われ、くぐもった声を出す前に、それを塞がれた。

政宗に顔を拘束され、息が殺され続けるような荒々しい口付け。
舌を差し込まれたところで、


『…ツッ』

思い切り噛み、離れさせる。


口を押さえ、佐助に肘当てを入れ振り切り、洗面所へ走った。



──────………



『今日は、ご飯沢山食べたから、いつもと違うね』
『………』

『何なら、我慢せずにやって良かったのによ。口に』
『っ……ぅ、…ぇ…』

ケラケラと笑う声が響き、


『さぁっすがだよねぇ。旦那の吐瀉物なら本望?あー…気持ち悪ぃ…ね、旦那』
『…ぐ、…ぅ…っ』

『Ahー…泣くなって、本気じゃねんだから。今日は、もうこれ以上しねぇし』
『そうそう、ちょっとした冗談。俺様たちが、旦那を苛めるわけないでしょ?』

ごめんね、泣かせて…と、優しく涙と口元を、タオルで拭う。



『これだけで、充分分かっただろうからな……本当は、覚えてんだろ?あのとき、本当は自分が何をされたのか。…誰が、あの悪魔を●ったのか』

二人が浮かべる微笑は、よく知る穏やかなものに戻っている。


『学校も外も、怖いものだらけだよ、旦那。言ったでしょ?一度悪魔に魅入られ、「痕」を付けられた人間は、一生奴らに狙われ続けるんだ…って。「餌」になりたくなけりゃ、大人しく身を潜めてなきゃ』

佐助は、手の甲への『形だけの』キスを落とし、幸村を見上げ、


『俺様たちの傍にいれば、ずっと安全なんだから。余計なことは考えず、俺らだけ見てれば良いんだよ』


『こんなにお前を思ってる俺らでさえ、そんな調子なんだぞ?お前にはな…もう一生無理なんだよ。
俺らは決して思っちゃいねーが、一度穢れちまえば、綺麗なもんに触れることは赦されねぇ。…女にすがろうなんざ、泡沫の夢。見るだけ、苦しむだけだぜ…』


政宗の声が、ぼやけていく。

幸村は、悪夢からの離脱に、今度は安堵の涙を流した…















「おはよ、旦那。今日も良い天気だよ?」

「今朝は、ここで朝飯にしようかってな。どうだ?食えそうか?」

カーテンを開けられ、眩しさが幸村の目を襲う。


…いつもの、優しい二人の姿。

悪夢から現実に還る際、この笑顔に最も救われる。



「昨晩食べ過ぎたせいか…」

「Haha…だろーと思ったぜ。特製juice、作ってもらっといたからよ」
「あとは、フルーツくらいにしといたら?急に沢山食べたから、胃がびっくりしたんだよ、きっと」

「ああ…」



──喉が痛い。


嘔吐した後にも似たそれに顔をしかめたが、二人に心配をかけまいと、幸村も笑顔で返す。


何故か、昨日よりも強く、

もう一台のケータイを、一刻も早く手にしたくてたまらぬ心地になっていた…

















「…へぇ。すっごい想像力だねぇ」


「俺らが、『神隠し』の首謀者だぁ…?」





…………………





「──そっか。…じゃ、特別に教えてあげる…っつっても、アンタの推理と、ほとんど変わんないけど」

佐助が目配せすると、政宗は軽く舌打ちをし、


「…あの日は祝日だったが、幸村は寮に残っていた。俺やこいつは、それぞれ外出しててな。俺が一足先に戻ったんだが、…そんときゃもう、手遅れで。あの『悪魔』は、放心状態のあいつに、さらに手を…

気付いてみりゃ、辺りは血の海。食堂の包丁は、同じ物をすぐ用意させた。後始末は、俺の家が全部やった。

…これで、満足か?」



「言っとくけど、他の奴らはそこまでしちゃいないよ?まだ子供だし育ちが良いせいか、あの悪魔みたいな考えまでには、到ってなかったからね」

「こないだの野郎には、まず俺ら二人で『罰』を与えてやったがな」




…………………




「金は要らない?──あぁ、それがアンタの望みなんだ…」

「すぐには渡せねぇな。追って連絡すっから、何日か時間くれ。…Thanks…」



ドアが閉じ、場には二人だけが残された。



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