かみかくし(前)-3




それから、しばらくの後──




……………………




「こんっな動いたの、久し振り!気っ持ち良かった〜!」

「そ、れがし…もで、ござ、る…っ!」

先に来ていたせいもあってか、幸村は息も絶え絶えである。
だが、その顔は別人のように楽しげで、慶次は、終始目を引かれていた。


「…絶対、そっちのが良いと思うけどなぁ」
「え?」

キョトンと尋ねる表情なんかは、これこそ『マドンナ』にぴったりだと思うのだが。


「何で、病気の振り?キャラも全然違うし。それに、こないだの奴…言わなくて良いの?」
「………」

幸村は、少し黙ったが、


「先日は、ありがとうございました…礼も言わず」
「あ、いや、んなつもりじゃ」



「……実は、…」



──幸村の話は、あの友人のと似ている部分もあった。

小学生の頃、教師に襲われそうになっていたところを、あの二人に救われたのだという。
彼らは小学校以前からの付き合いで、それ以来、二度と同じ目に遭わせぬようにと、二人の過保護は増していったらしい。

その教師とは、あの友人が言っていた彼のことで、極秘に処分が行われ、今は違う土地で生活しているのだと。

精神的ショックのせいで幸村は潔癖症になり、佐助や政宗でさえ、初めは、近付くのも触れられるのも不可能だったらしい。それで、体育も免除してもらっているのだとか。

近付きがたい人物を装うのは、他者との接触を抑えるため。
彼ら二人に対しても、未だに緊張が湧く。

…よって、手の甲への──何と、あれも『振り』であり、ギリギリ唇は付いていないらしい。数年かけて、やっとそこまで来たのだ、と。



……………………



「…だったら、余計言わないと。俺も、一緒についてくからさ」
「前田殿…」

幸村は、どこか惚けたように、


「今まで、誰にも話したことがなかったのです。話すつもりも…」
「誰にも言わないよ。…嫌だったろうに、ありがとな」
「………」

幸村の沈黙を、慶次はすぐに解し、


「何もおかしいなんて思わないよ。実際、本物目にしたしさ…信じないわけないし。潔癖症になったことも、弱いとか思ってない」

「──何故?…読めるので…?」

慶次は吹き出すと、


「顔に書いてるし。面白いなー、幸村って」
「え…」
「せっかく仲良くなったしさ!名前で呼ばせてよ。で、俺も呼んで」
「は…」
「ああ、人前では近付かないよ。ケータイとかで。(…それで睨んでたんだな、あの二人)」

しかし、慶次が幸村に興味がないと分かり、警戒を解いたのだろう。


「安心しなよ、俺は絶対にそんな奴とは違うから。彼女だっているし」

「!そうなのでござるか…!」
「おっ?意外な反応」

幸村の増した笑みに、慶次も釣られ、

「写メ見てみる?…これ」
「おぉ…お美しゅうございまする!」

「だっろ〜?だからさぁ、もうここに来たときゃ、ホント…」

と、不遇の処置を嘆き話すと、


「それはそれは…。しかし、明日からお会いできまするな」
「うん、それだけが楽しみ。…幸村も、共学だったらモテモテなのにな。勿体ない」

「某など、とても」
「んなことねーって!…でも、嬉しいな。こんな話も久し振りでさぁ…てっきり、禁句なのかと」

「佐助と政宗殿も、女性の話を敬遠するのです」
「そーなんだ…じゃ、全然だよな」

それは良い機会、と慶次は大好きな話題で盛り上げていく。


「幸村は、どんなのが良いの?」
「某…」

幸村は照れたように、

「子供の頃読んだ漫画で、男子校の寮の同室の相手が、実は女子で…という」
「あ、もしかして『──』?」

俺も、あの漫画好きだったよーと言えば、幸村は嬉しそうに返し、


「自分と同じ状況であるし、密かに憧れておりました。小学校までは、二人一部屋でしたからなぁ」
「うん、いーねぇ!俺も、多分絶対夢見てたわ、そういうの」


喋る内、慶次の心の沈みは、どんどん浮上していった。
もちろん、幸村の辛い過去には胸を刺されたが、この顔を見る限り、未来は暗くないように思える。

こんなところ転校し、共学校で、興味のある女の子と関わり、傷を癒す…なんていうのは、所詮子供の浅知恵なのだろうか?
一緒にそうできたら、きっと楽しいだろうに。

だが、それを言うと、『家の事情で…』と、苦笑で首を振られた。


「──あ。…なら、こないだ背中触って悪かったな」

慶次は、しまったと思ったが、


「それが、あの……不思議にも、平気でして」
「ほんと?」

目を見開き、おずおずその肩に触ってみる。


「──どうともござらぬ…」
「じゃあ、」

と、手を握った。

一瞬ビクッとされ、すぐに後悔する慶次だったが、


「……あたた……かい…」

懐かしいものでも見るかのように、幸村は目を細めていた。



(………)



「──多分さ、俺が全くの新参者で、幸村から見ても分かるほど、『女好きです!』ってオーラ背負ってるからじゃねぇかな?」

「な、なるほど…」
「…いや、そんな真面目に受け入れてくんなくても」

しかし、やはり冗談は通じず、「え?」と聞き返される。
その顔がまた、先ほど見たのを上回るものだったので、もう弁解はやめた。


「もしかしたらさぁ、案外大丈夫かもよ?皆が皆、そんな奴じゃないし。幸村、すげぇ人気あるけど、少しでも話したいなとか、知りたいなとか…純粋に友達になりたがってる奴も、沢山いるんだしさ。

…少しずつで良いから、被んのやめてったらどうかな?せっかく、こんなに良いキャラしてんのに。恋も良いけどさ、友達も良いもんだよ。幸村、そういうの似合うと思うんだよな…」


「友達…」

幸村は、昔を思い馳せているのか、感じ入ったような表情で慶次を見ていた。


「まぁ、焦んなくてもな。…でも、俺は嬉しいや。ここ来て、初めてこんなに寛いだ気がする。もし駄目でもさ、俺とのコソコソ友達は続けてくれな?だったら、俺も三年間楽しくやれそう」

そう慶次が笑うと、


「…はい…ま……慶次、殿…」

と、幸村もまた同じように返した。




……………………




(…実は、彼女いるってのは嘘なんだけど)


ああ言えば、彼からの信頼を得られる気がしたのである。
だが、さてこれをどう説明するか。


向こうに新たな出会いがあって、連休中にフラれちゃったとでも言うかな。

…で、彼が喜びそうな新しい話題でも、持ち帰るとしよう。


慶次の口元は、しばらく締まることがなかった。







‐2012.4.14 up‐

後編へ続きます。(次ページからも進めます)

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