かみかくし(前)-2
(え、ぇ……?)
幸村のとった行動に、しきりに首を傾げる慶次。
どうしてか、彼は制服のブレザーを脱ぎ、ネクタイを外すと、
「少々目立つかも知れぬが…」
と、前者を佐助、後者を政宗に手渡した。
何のこっちゃ、と思う慶次だったが、
「あ…旦那、ぁ…」
「ゆきむら…」
二人は、恍惚めいた吐息を漏らすと、ブレザーに顔を埋め、手首に巻いたネクタイに鼻先を寄せ、
「…うん、これなら大丈夫…」
「すぐに戻るからな。絶対に動くんじゃねぇぞ?」
「分かっておりまする」
幸村が微笑めば、またも聞こえる陶酔の呼気二つ。
(え゙ぇぇ…???)
慶次は、我が目を疑う。
佐助が急に跪いたかと思うと、幸村の手の甲に口付け、政宗は立ったまま、もう片方に同様の行為をしていた。
(マジで、そうなのか…?)
未経験だが、幽霊の類いを見たとき以上なのでは、というほどの戦慄が走る。
あの友人の言葉も、すぐに浮かんだ。
「じゃあ、行って来るね。きちんと鍵掛けとくから」
──へ!?
と思ったのと同時、『バタン…ガチャガチャ』の音。
(そ、んなぁ…)
しかし、これはチャンスだろうか?
とも浮かんだが、先ほどの異様な雰囲気に未だ呑まれ、いつもの調子で話し掛けるのに二の足を踏む。
悶々していると、幸村は長いベンチに座り、少し暑そうにシャツのボタンを二つほど開け、そのまま横になり、
…瞬く間に眠ってしまったようだ。
(もう良いや…)
離れてはいるが、その熟睡振りがよく窺える。
スポーツ万能なのは他の二人のことで、幸村だけは、常に体育の授業を見学していた。詳しくは知らないが、何かの疾患持ちなのだそうだ。
…よって、ブレザーを脱いだ姿は初めて見たわけで。
(細っせぇ…)
肩などはそうでもないが、手首やそれから上の腕や、腰の華奢さには、目を見張った。
病気で、あまり食べられないんだろうか…?と、不憫に思う気持ちも湧く。
『カチャカチャ』
「!」
鍵を開ける音に、慶次はホッと息をつく──が、現れたのは彼らではなく、教師の一人。
…ますます出辛くなってしまった。
(……?)
幸村を起こし、注意するのかと思っていたのだが、教師は無言。
眠る彼に近付くと、
(ちょっ…、はぁぁぁ…っ!?)
先ほどに勝る仰天が、慶次を襲う。
教師は、幸村のシャツをズボンから引きずり出し、残りのボタンを開け、さらにタンクトップを上げ腰に手を…
──あれは、絶対ヤバい。
頭は焦りで一杯だったが、とりあえず傍に置いていた飲み物の缶を落とす。
「っ!」
「…ん……ッ!?」
教師はビクリと止まり、幸村も目覚め、自分の状況に愕然となるが、
「…ここは、立ち入り禁止だ。今回は目を瞑るが、以後気を付けなさい」
「……っ」
(何ぃぃ…!?)
慶次は憤然としたが、教師は何事もなかったように去っていく。
開かれたシャツを拳で合わせ、幸村はわなわなと震え出し、片手で口を覆うと、
「…ゔぇ…ッ……げ、ッ…」
間に合わなかったようで、その場に嘔吐してしまった。
大変だ、と慶次はすぐに降り、
「大丈夫かい?」
「……!?」
背中をさすってやると、当然だが驚き眼で振り返られる。
「あいつ、ホントに教師かよ?マジでいるんだな、あーいうのって…。すぐ、他の先生に」
「い、え…!…何の話か…」
拒む口振りに「え?」となるが、
「先生の仰る通り、校則を破った某が…前田殿も見付かる前に、やめられた方がよろしいですぞ」
「は、あ……、…?」
「そこは、後で掃除しておきまするので」
「え?ああ…別に、良いんじゃねぇ?ほとんど水じゃん。…てかさ、昼飯ちゃんと食ってる?」
「…今日は、食欲がなかっただけでござる。では、失礼」
「えっ、おい──」
が、幸村は急ぎ足で出ていった。
(あの口調…)
授業中くらいしか声を聞いたことがなかったので、よもやあんな言葉使いだとは知らなかった。
それは、他の二人も同様で。
…一体、何のために装っているのだろう?
ひとまずは、かの友人に、この旨を伝えておくか…とは思った。
『潔癖症で、ベタベタ触られるのは、無理なんだそうですよ。でも、吐くだなんて…』
友人は、しばらく思案すると、
『今度は、こういうのはいかがです?
姫は昔、男からの性的暴行に遭った──その相手が、最初に消えた教師。彼の担当、小学校でしたし』
『………』
事実なら、惨過ぎる話だ。
妄想だと分かっていながらも、慶次の気は沈んでいく。
『でね、それを知ったあの二人が、彼を葬った。だから、二人は決して姫から離れようとしない。校長室の前の廊下も、教室も、どこに置いていても、不安で仕方がなくて。傍にいないといてもたってもいられない。…で、ブレザーとネクタイを…』
『………』
『その後、姫を狙う生徒たちを見付けては、過ちが起きる前に同じように──…僕は結構好きですけどねぇ、そういうの』
……………………
明日から春の連休が始まるというのに、慶次の心は晴れない。
待ち遠しい実家へは、朝から戻る予定なのだが。
夜の十二時を過ぎ、見付からないよう、バスケットゴールのある中庭まで足を運ぶ。
(先客が…)
月明かりと弱い常夜灯の光に照らされ、コートの中を一つの人影が動いている。
──見事な俊敏さと、決して外さない華麗なシュート。
だが、何より驚いたのは、人物の正体だった。
「まえ…だ…ど、の…」
「あ、え…と…」
少し息を切らしているが、幸村の顔は健康そのもの。
流れる汗も、病的な苦しさのせいには全く見えない。
それに、あの二人にも張るほどの腕前…
「あの、さ…俺も、一緒して良い?」
「えっ…」
戸惑う彼から、ボールを奪った。
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