愛しの御主人様2







「すみませぬな、お二人とも…」

「いやいや、気にするな!いつものことだ」
「…俺は、そろそろヘコみそうだけどな」

ハッハッハッと明るくカラリと笑うのは、幸村の友人の家康。
その隣には、げんなりとした様子の、同じく友人である元親。

家康の腕には、オレンジ・黒・銀の毛色の三匹が絡み付き、それぞれ噛み付いたり、爪を立てたり、猫パンチしたり──…

だが、屈強な身体の持ち主である彼なので、何の苦でもないらしい。むしろ、喜んでいるようでもある。


「こいつらにじゃれてもらえる(ライバル視される)なんて、光栄だ」
「彼らも、家康殿が大好きのようで…」


『『『!!?』』』

三匹は、一様に首を振るが、


「ん、真田?『も』ってのは?(飼い主『も』ってことで、良いんだな?)」
「え?」


(家康殿『も』彼らを…という意味だったのだが)

「?」と首をひねる幸村。


──家康の生傷は、どんどん増えていく。(だが、笑顔は健在)


「…俺も、家康見習うか…?」

その様子を見ていた元親は、溜め息一つ。

猫を誘うオモチャを振っても、彼は見向きもしない。


「なーんでこいつ(モトナリ)は、俺にゃ懐かねんだ…」

ほとんどの動物に好かれるたちなので、彼のツンツン振りには、かなり傷心していた元親。

彼のために、色んなものを注ぎ込んだというのに。


「(しかし、実は元親殿が帰った後、オモチャで遊んでおりまするよ。先日下さった魚も、バクバク食べておりました)」
「マジか…!?」

「(『つんでれ』なのですよ)」

そう言うと、「そーかそーか!」と嬉しそうに笑う元親。


『………』

彼は知らない。

元親を不憫に思う幸村が、モトナリの心を開くために、そのオモチャの面白さを、必死で伝えようとしていること。
単に、その時間とエサ(魚)を手に入れるため、モトナリはツンデレを装っているだけであると。

…これが、彼の狩りの一つでもあるのだった。



────……



「じゃあ、すまぬが行って来るので…留守番、頼みまする」

『わん』

幸村が犬の頭を撫でると、頷くように鳴いた。


彼は、猫たちに比べると大きいのは当然だが──幸村と並んでみても、その差はなかなかである。
大型犬で、性格も優しい。

しかし、車には猫たちだけで精一杯。(精神的にも)
幸村が友人たちと出掛ける際、まず彼は留守番。


そうして、いつものようにドアが閉まるのを、大人しく見送った。













『…いーよなー、あいつらは』


あーあ、と床に転がる、褐色の長毛の犬。──ケイジ殿。

目は黒く優しげだが、それは切なさに染まっていた。


『俺も、ご主人様にじゃれてぇよー…。もっと撫でてもらいてぇし、あんな風に乗っかったり、ペロペロしたい』

(※わんこの言うことですから)


可哀想なことに、彼はいつでも空気扱いなのだ。
あれだけ個性的で、甘え上手な四匹の前では、仕方ないことかも知れないが…

散歩のときにすら、猫たちはついてくる。
彼に、甘える隙はどこにも残されていない。


『…俺も、小さかったらまだ良かったのにな』

この図体で乗れば、主人は寝れやしないだろうし、傍に寄っても、暑苦しいだけであろう。


『次生まれ変わるなら、猫だな…』

ケイジは、愛しいご主人様の顔を思い浮かべながら、ひたすら帰りを待つ。


──そして夕方に差し掛かった頃、足音が聞こえ、いつものように玄関の前で鎮座した。

ドアが開くと、


「ただいま帰り申した。おぉ、いつも出迎え、すみませぬな」

わしわしと、ケイジを撫でる幸村。


『わーい、撫で撫で!…あれ?』

何故か、猫たちの邪魔が入らない。


『??』
「はは…。今日は、彼らは元親殿の家でお泊まりでござる」

『えー!!?』

どうやって説得したのか、そっちの方が気になるケイジ。


「さぁ、散歩に行きまするぞ!」

『うそぉぉぉ…!!』


だが、嘘ではなく──

本当に二人(匹)だけの時間で、散歩なんて一時間もしてしまった。

いつも物足りなかった遊びを沢山してもらえ、ケイジは常に飛び跳ねる。


「今日は、ゆっくりシャンプー致しましょうぞ」
『すっげー、すっげー!本当に夢みてぇ!』

シャンプー好きのケイジなので、それもまた至福の一時。
ドライヤーのときも、これ以上なく大人しくした。

エサも、わざわざ高級フードを買ってくれており、あまりの幸福さに、


『──まさか俺、捨てられるんじゃ…』

と、逆にそんな思いが湧いてきた。


「いつもケイジ殿には、寂しい思いをさせてしまって…申し訳ござらぬ」
『い、良いよ!そんなの我慢するから、捨てないで』

「──なので、今日は思い切り…と思いましてな。…まぁ、もう夜になってしまったが…」
『…ご主人様…』

杞憂だったことに安堵し、彼の思いに熱くなるケイジ。


「今晩は、ともに寝てもよろしいか?」

その一言に、ケイジは本当に覚めないで欲しい、と強く願った。












『ご主……ゆきむら、良い匂い…』


初めて名前で呼んだのだが、何やらくすぐったくも嬉しい。


「ずっと、してみたかったのです。苦しくはござらんか?」
『全然〜』

ケイジは、クッションの如く幸村に抱き付かれていた。


「ケイジ殿が温かいので、布団も要らぬほどですな」
『幸村も、あったかいねぇ』

すんすん、と鼻先を幸村の胸辺りに寄せる。

すると、幸村が下の方へ移動し、顔を近付けてきた。


「ケイジ殿の目は優しげで、いつも安心致しまする」

『………』


ぺろ

…ケイジは、ついその頬を舐めていた。


「あ、ぁは…、ケイジ殿、くすぐったい…」

念願のそれを、無我夢中でするケイジ。




『あー…可愛い、可愛いなぁ、幸村…!こんなに可愛かったんだっけ?うちのご主人』

幸村が笑い逃げるので、追っていると、その身体の上に乗ってしまう形になった。


『あっ、幸村つぶれちゃう』

慌てて降りようとするが、


「少しくらいなら、平気ですぞ?某、鍛えておるのですから」
『…じゃあ、明日の朝、またちょっとさせてもらうな』

苦笑する思いで、幸村から離れる。


その後は、彼の柔らかな匂いに包まれて、隣でぐっすり眠った。

この時間が、ずっと続いたら良いのに、と思いながら…

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