安息に涙す4
土日を利用した、サークルの一泊旅行からの帰り道。
幸村は、同じマンションに暮らす同郷の友人と、近所の定食屋に寄っていた。
「良かったな、お兄さんにOKもらえて」
「はい!…あ、そういえば慶次殿…、佐助を見たことがあると言っておりましたな。大学で?」
「ううん?マンションで。二ヶ月くらい前かなぁ」
幸村はキョトンとすると、
「ああ…では、人違いでござろう。佐助は、一昨日初めて来たばかりでござる。某ばかりが、あちらへ邪魔しておりましたのでな…」
「え〜…?いや、確かに…」
「──あ、ちょっと失礼」
幸村のケータイに着信があり、席を立つ。
慶次はそれを目で追った後、首を傾げた。
(絶対、あの人だったけどなぁ…)
そのまま、テレビの画面に視線を移すと、
『…速報です。本日未明、○○県△△市──』
(へ…?)
自分たちの地元じゃないか、と慶次の意識はたちまち集中する。
幸村が早く戻らないか、急く気分でもあったが…
(──う…そだ、ろ…)
血の気が引き、持っていたコップを落とした音でハッとする。
幸村が戻って来るのが見え、勝手にテレビのチャンネルを変えた。
速報の入らない、専門番組へと。
「あ…そろそろ行こっか、幸…」
どうしても声が震えてしまうが、何とか笑顔を貼り付ける。
「…電話、よく分かりませんでした…。警察とか、実家がどうとか…イタズラにもほどがありまする。新しい家族が増えるというときに…」
「幸──」
慶次の視界はぼやけ、幸村がどんな表情をしているか、少しも窺うことができなかった。
凄惨な事件だった。
一番の被害者ではない自分でさえも、立ち直るのに数ヶ月を要した。
…と言っても、未だ見かけ倒しのものに過ぎないが。
あの週末、幸村の実家にいた家族、親戚、そして地元の親しい友人たち。
──全員、一人残さずその命を奪われた。
当然、慶次の友人たちでもあったし、幸村の家とも親交が厚かった。
それが、まさかこんなことに…
財産は余るほどゆえ、そういった面では大丈夫かも知れないが、彼には、正に終末の週末となった。
上がった容疑者の名前が、さらに追い討ちをかける。
猿飛佐助。
…幸村のマンションを訪れたのを最後に、消息を絶った。
目撃情報も証拠品も、ハッキリとしたものは何も浮上していない。家の事情などの背景や行方を眩ましたことが、その要因となった模様。
裕福な元弟や父親を恨んでの…などという、まだ想像の域を越えない、至ってあやふやなもの。
DNA鑑定により、彼の痕跡が見付かったという話もあるようだが、報道はされていない。
しつこく食い付いた結果、警察がやっと教えてくれたのは、その程度の情報。
慶次の胸には、虚しさばかりが吹き荒ぶ。
(犯人のことよりも、今は…)
慶次は、今日もあの家に向かった。
「よ、元気?」
「こんにちは、慶次殿。毎日、飽きませぬなぁ」
幸村が笑う。だが、その瞳はどこか遠くを見ていた。
…平屋の、シンプルな家。
事件の後、身体を悪くした幸村が一人でも楽に過ごせるように…という配慮が、随所に散りばめられている。
週に三日、専属のヘルパー兼ハウスキーパーが訪れるが、その必要性はほとんどないほど、彼は一人でもよくやっていた。
「何か、して欲しいことない?」
「平気でござるよ、『二人もいる』のですから」
「…だな」
慶次は、悲しげに目を伏せる。
辛過ぎる現実に、幸村は心を病んでしまった。
事件のことを忘れ、家族や友人は、彼の中で最初から存在しないものへ…
もちろん、以前の慶次も忘れられた。
ここまで親しくなれたのも、彼の献身的な思いあってこそである。
そして…
「佐助が、慶次殿によろしくと。…ただ、この間の花はあまり好きではないようで。申し訳ござらぬ」
「あ、ううん!…だよなぁ、うっかりしてた。あの人、そんなもんより食料!…だもんな」
「すみませぬな…」
合わせれば、幸村がニッコリ笑う。…それだけで、慶次は充分幸せだった。
何故か、佐助のことは初めから口にしていたらしい。
慶次も、その頃は会える状態でもなかったので、どんな様子かは分からないのだが。
とにかく、幸村は彼が傍にいると思い込んでいるようなのだ。
しかも、秘密だと顔を赤らめながら、二人は愛し合っているのだと教えてくれた。
これが、良い方法かどうかは分からない。
だが、彼から佐助を奪ってしまえば、もう二度とこの笑顔は見られなくなるだろう。
そう思い、慶次は毎日ここへ通うのだ。
佐助が消えていないか、それを確認するためも含め…
「佐助は、慶次殿のことを気に入っておりまする。会いはしませぬが、窓から見送っておるそうで。慶次殿の服装が、いつも楽しみだと。…某、何かプレゼントしてやりたいのですが…」
「そりゃ良いねぇっ。今度二人で、コッソリ選びに行こっか?バレねーように」
「あやつは鋭いゆえ、慎重にやりませぬとな」
微笑む幸村に、またしても涙が滲む。…会うと、いつもこうなのだ。
夢の世界にいたままで構わない。そちらの方が、きっと幸せだ…
変わらぬ、綺麗で輝く双眸を覗く。
本当の意味では映っていない自分の姿が見えたが、今日もまた安堵の表情をしているのが分かった。
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