安息に涙す3







「へ〜、オシャレなとこだねー」

「そうなのか?…まぁ、俺が決めたわけじゃないから、当然か…」


玄関先で部屋の中を眺める佐助に、幸村は苦笑を浮かべた。


「決めたの親父さん?──あっ、ごめん!何か蹴った…」

腰を屈めそれを拾うと、「…鍵みたい」

「えっ!」

幸村は驚きの表情で受け取り、

「うぉぉ、ありがとう佐助!以前、スペアの一つを失くして…気のせいだと思っておったのだが」

その言葉に、思わず佐助は吹き出す。


「ちょ、ちょ…気のせいはないでしょ。危ないよ?盗られてたらヤバいって」

「オートロックであるので、つい」

「その油断がダメ。ほら、こんな玄関に置くのもやめといた方が良いよ。宅配とか、ここまで入るんだから」

「あ、言われてみれば…」

「もー」と佐助が言えば、「すまぬ」と謝る幸村。だが、どちらも笑顔のまま。

昔していたやり取りと、どこも変わらない。
それが、幸村にとっては何より嬉しいことであった。


「──ここを選んだのは、友人なのだ」
「…友達?」

「ああ。高校も一緒でな。合格した後、ネットで全部してくれて」
「そうなんだ。仲良いね」

「今度、紹介するからな。…そういえば、向こうは佐助を見かけたことがあると言っておった」
「大学で、旦那と一緒にいたときかなぁ?」

「かも知れぬ」と答え、幸村はテーブルに食事の用意をしていった。

と言っても、佐助がアパートで作って持って来たものだが。


食事の後は、持参していたアルバムを佐助に見せ、父親や友人たちの話を聞かせる。


「──佐助は、こちらで就職するのか?来年四年生であるから、そろそろ…」

「何、急に」

佐助は面食らうが、幸村は真面目な顔で、


「母上も亡くなり、親戚もおらぬと…。父上も、お前のことを気にかけておる。年下の俺が家を継ぐのは良い気分ではないだろうが…父上も俺も、お前を家族として再び迎えたいと思っているのだ。お前さえ良ければ…」

佐助は嬉しそうに笑い、

「つか、離婚してるし血も繋がってないんだから、跡継ぎのことなんか気にする必要ないのに。二人とも、相変わらずだよなぁ」

と、明るく言った。


「で…は…、佐助…」
「けど、実は俺様、院に行くつもりでさ…」

「ああ、卒業してからの話ゆえっ。…院とは、こちらの大学か?それとも」

「あ、もちろんここの」
「そ、そうか…!」

幸村も、嬉しそうに顔を輝かせる。


「ちょうど、旦那が卒業するまで一緒だね」
「帰ってからは、嫌でもそうであるぞ?」

悪戯っぽく言うと、


「…そりゃ、光栄だねぇ」

と、佐助は目を伏せて微笑した。










「そうそう…これさぁ、行きがけに発見したんだけど」

「何だ?」

佐助から渡された物を見てみれば、薬か何かの瓶や箱であるが…


『伝説の惚れ薬』
『“すべりグセを解消!”面白くなる薬』
『泣き薬…“スッキリしたいとき、男性を欺きたいときに一錠”』

など、全てふざけたネーミングのものばかり。…中身はお菓子のようである。


「まぁ、たまにゃこんなお菓子もアリかな?って。美味しいか分かんないけど」

「…強くなれるものはないのか?」
「それ以上、必要ないでしょ」

「そんなこと──おおっ?透明人間になれる薬もある。これは、彼が喜びそうだ。先ほど話した友人だが」

幸村は礼を言い、適当なものを選び、口にした。


「本物だったら、どーする〜?」

佐助のからかうような口調に、静かに笑う幸村。


「旦那、知ってる?『消える』話」
「?何だ?」
「都市伝説ってやつ」
「ふぅん…?」

少しは興味がありそうなその姿に、佐助は口端を吊り上げる。


「それは、ランダムに配られてるんだって。当人の身に覚えのある懸賞の賞品としてね。ほら、それみたいに、『透明になれる薬です』とかの謳い文句でさ。味も、お菓子同然。

本命の賞品に付いたオマケだから、まさか、本物だなんて思うわけもなくて。

目的は?…考えたけど、結局分かんなかった。人口削減のためかな?皆、同じとこに行き着くと仮定すればの話。
──いやいや、気にしないで。


…で、ある彼には、ずっと好きだった女の子がいたんだ。でも、口下手な奴でね〜、なかなか進展しなかった。…それが、ある日突然、透明人間になっちゃってさ。

もちろん、彼女の傍に行くよな。

気付かれないのを良いことに、相手の部屋まで入る。
一人暮らしだったから、彼にとっては二人きり。…そこから、じわじわと進んでっちゃったんだろうね、『歪み』が。


その薬には副作用があったらしくてね。決められた時間を超えて連続服用すると、元には戻れなくなるっていう…

でも、彼はもっと彼女と一緒にいたくて、用法を破ってしまう。
一生透明であれば、ずっと傍にいられる──それしか、頭になかったんだろうね。分かる気もするけど。

でも、やっぱり最後には気が付いちゃって…それじゃ、相手の心は手に入らない。彼女が自分を見てくれることは、一生ないって。
当然だよね、透明なんだから。

どうにか見てもらおうとして起こした行動は、残念ながら知恵が足んなかった。


透明になるとね、何故か服を身に着けることができなくなるんだ。
だから、漫画とかみたいに、輪郭をこの世に描くことすらできない。

血も内臓も、全てクリア。唯一元に戻れる方法は、薬を生かす本人の命を終わらせることだけ。

なのに、彼は順番を間違えた。
先に彼女を止めちゃえば、その瞳に自分を映してもらうことは叶わなくなるのに。

彼女の血を全身ベッタリ塗ったのは、そうすりゃ輪郭が浮かぶと思ったからみたいだね。やっと、分かったよ…。せめて、彼女がこと切れる前に、あいつの顔を見てくれてりゃ、救われるんだけどさ」


──幸村は、お菓子を手にしたまま、ソファで寝静まっていた。


「…俺様は、そんなことしないよ?でもさ、考えたんだよね。その瞳に、自分だけを映してもらうようにするには──他の奴らの目に、この姿を入れずに済ませる方法…」

「後者はさ、旦那を透明にしちゃえば簡単なんだけどね。けど、そしたら俺様も見らんなくなるから、問題外だった。阿呆だよね〜、我ながら笑える」


「…じゃあ、やっぱりこれが一番かなって。──安心して?ちゃんと、外から鍵かけとくからね…」


佐助は、ポケットからあのスペアキーと全く同じ物を取り出し、眠る幸村に優しく微笑んだ。

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