真田さんと共闘4
「──…どい」
「え?」
ポツリとこぼれた一声に、俺と佐助、石田殿も意識をやると、
「あんまりでござる…」
小早川殿が、真っ赤な顔でわなわなと身を震わせていた。
眉を寄せ堪えているようだが、その目は今にも滲みそうな──だが、必死に抗っているのが伝わってくる。…あれは、恐怖や悲哀からのものではなく、
「…何だ。貴様にはさらに関係がないだろう。今頃来ておいて余計な口を、」
「関係あっ…りまする!」
小早川殿は、バンッとバッグを叩き付けるように置き、
「い、つも小早川殿を虐げて!…それでも、彼は彼なりに頑張っておるのです!口答えは少々あれど、言うことは聞いておったし、仕事もこなしていたであろうっ?であるのに、この仕打ちは何なのだッ?弱い者苛めが、そんなにも楽しゅうござるか!?」
「…なっ」
──ほぉ。
俺は、怒るとあのような顔になるのだな。うむ、なかなか気迫があるではないか。
…と、悠長に考えている場合ではない。
一瞬詰まりはしたものの、石田殿の顔がピクピク痙攣し始めていた。
佐助は俺より気がそれてしまったようで、すぐに戻ることができずにいる。
(『旦那が二人…!?』などと、混乱中なのであろう)
「真田さん、っ」
言いかけた俺の手を取り、小早川殿は片方の腕で護るようにし、石田殿に向き合った。
(──小早川殿…)
その横顔に気を取られ、つい黙ってしまう。
「…徳川殿は、卑怯な方ではない。皆に──小早川殿にも優しく、心も器も大きい…石田殿なぞ、比べ物にならぬ。力では勝てるやも知れぬが、それ以外の人としての肝心な部分では、完敗…いや、惨敗でござる!」
「「(ひぇぇぇ…っ)」」
黒田殿と元親殿が、全く同様の(音にならぬ)声を上げたのが分かった。
他の二人も、驚きの表情で小早川殿を見るばかり。
「このような人でなししかおらぬ部、今度こそ本当に辞めて──辞めさせまする!もう、うんざりでござる…小早川殿は、二度と言いなりにはなりませぬ!…では!」
小早川殿はきっぱり言うと、俺の手を強く引き、部室から廊下に飛び出した。
呆然とした部員たちを尻目に、(彼なりの)早足でそこから離れる。
──幸いにも、追手は現れなかった…
「ごご、ごめんなさい、真田さんっ!」
「え?」
部室から離れた場所まで来ると、小早川殿が突然頭を下げた。
(そこまで走っていないのだが)息を切らし、青い顔で見下ろしてくる。
「僕、真田さんの姿で勝手なこと──あれじゃ、真田さんがどんな目に遭わされるか…」
(ああ…)
シュンとなる小早川殿は、自分の顔だが何やら別人のように見える。
…気弱な自分の姿など遠慮したいと思っていたが、何故かそういう気持ちにはならなかった。
「気に召されるな、小早川殿!某、石田殿に負けぬほどの腕でありまするぞっ?頭の方は敵わぬが」
敵わぬが、難解な言い回しであればあるほど、自分には堪えぬし。
(先の、彼の手から逃れられなかったことは、これからの鍛練で覆す所存)
「でも…」
小早川殿は、少し潤んだ瞳を向けてくる。
(うっ──)
…自分の顔であるのに、子供や仔犬のイメージとかぶり、『きゅうん』としてしまった……不覚。
振り切るように頭を軽く叩くと、今度は驚かせてしまう。
が、そのせいであの表情が消えたので、結果としては良かった。
「先ほどの啖呵、驚きましたぞ!某の姿でありながら、別人のように凛々しくて!見惚れてしまい申した」
「えっ──」
さらに驚愕させたようで、彼は目を見開き唖然としている。
その顔も、どうにも好ましく感じられ、つい満面の笑みが浮かんだ。
「あっ、あれは多分、真田さんに成りきってたからっ!だから、言えたんだと…」
「いや、某はあのように毅然と言えませぬよ。…それに、ありがとうございまする」
「え、えぇ…っ?」
彼は、混乱する目を向けるが、
「某が言いたかったことを、それ以上の言葉で仰って下さった。実にスカッと致しましたぞ」
「え、…と…?」
「いや、某、一度石田殿にはもの申したかったのです、小早川殿への厳しさについて。しかし、部活に行っておらぬ身では、人づてに聞く程度の話しか知らず…上手く切り出せずにおりましてな。しかし、今回小早川殿の姿になり、待遇がいかなるものかを、しっかりと…」
話している内、小早川殿の顔が輝いていく。
「真田さんが、僕のことを…!?」
相当嬉しかったようで、これぞ泣いたカラスが、というやつかな、と吹き出してしまうほど。
「しかしな、小早川殿…」
と、俺は、石田殿の勘違いの件について話す。
徳川殿の刺客(?)の話は既知であったようで、彼はすぐに分かってくれたが、「それにしたって、やっぱりひどいや…」とむくれていた。
「某が思うに、本物の小早川殿の安否を案じていたからこその、あの憤りだったのではと…」
「真田さん…無理しないで下さい」
あはは…と、硬い笑みで返す小早川殿。
「いや…。石田殿は、冷徹か激昂かのどちらかしかないであろう?他人に対して。某には、後者の方が真の感情を出しているように思えるのでな。何と言おうか…そう易くは感じられぬが、気に入られている部類になるのではないか…と。小早川殿も、某も」
──新聞部員は、全員。
自分たちを勧誘したのは当の本人であったし、名前だけでも良い…とまで。
「あの短い時間で他にも分かったのですが、小早川殿に接する際の彼らは、本当に感情を多く出しまする。毛利殿や大谷殿の表情が、あんなにもポンポン変わるとは」
「真田さん……全然喜べないですぅぅ…」
「そ…そうでござるか…」
もっと上手く言えぬのか、と自分の口を叱咤していると、
「──あ、猿飛さんです」
「ああ、もう某が出まする」
周りに誰もいないのを確認し、ケータイを受け取る。
部室に置きっぱなしの、我らの荷物を持ってこちらへ来ると言い、佐助は通話を切った。
「猿飛さん、すごいなぁ…。どうやって、切り抜けたんだろう」
一人言のように小さく呟く小早川殿の顔は、やはりまだ、どこか少し曇ったままだ。
(…早く晴らせたい…)
急かされるような気持ちを抱えながら、部室から来た廊下の先を見つめ続けた。
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