真田さんと共闘2


「ちょっと、黒ちゃん…アンタも俺様の敵だったわけ…?」

「は?」

どうしたというのか、佐助が鬼のような形相で黒田殿を睨んでいる。


「な、何が…?え?小生何もしてないぞっ?あいつに」
「とぼけんじゃねぇ…触って良いのは、俺様だけなんだよ…」
「触っ?いつ!?まさかだろうっ、何のことだぁぁっ?」

ゆらゆらと近付く佐助。
恐れをなした黒田殿は、慌てて資料室から出て行った。


「あ、黒田さん…っ」

「毛利、小生もこっちの仕事がしたい!資料は猿飛たちに任せた!存分にこき使ってくれぇぇ!」
「…ようやく目覚めたか(Mに)。良かろう、こちらに参るが良い」

毛利殿の満足そうな声を最後に、資料室の扉は閉められた。


「──佐助?」
「…旦那、もっ回そこ立って」
「?」

よく分からなかったが、言われた通りに踏み台へ立つ。
すると、佐助は黒田殿と同じように、俺の脇下へ両手を差し込み、


「…うっ…どんだけ重…っ」
「………」

ぐぬぬ、と力を振り絞る彼だが、俺の身体はわずかに浮くのみ。
…仕方ないので、ジャンプして加勢した。


「やはり体重も違うのだな」
「──…」

佐助は、部屋の隅でイジけている。


「そう落ち込むな。いつもの俺なら、お前も軽々持ち上げて…」

「どうせ俺様なんて…。大将はともかく、黒ちゃんにまで負けるなんてさ。俺様、レスリング部にでも入ろうかな」

「さ、佐助は今のままで良いっ。でないと、お前の好きな服も着られなくなるのだぞ?お洒落ができなくなるのだぞっ?」

「…ホント?俺様、今のが一番カッコいい?イケメンでオシャレで、旦那の自慢?」

「ああ、自慢だ。いけめんだ」

「嬉しい、旦那ぁぁっ!」
「(ごふ)──良かった…」

小早川殿サイズの身体なので、抱擁も体当たりのように感じる。
顔も胸で完全に覆われ、苦しい。…が、佐助が元気になって良かった。

彼は、たまにこういう繊細な部分を見せる。そして、一向に治る様子もない。

何となく俺のせいな気がし、離れたこともあったが、悪化したので二度とすまいと決めている。


(今朝も、『離れたら死ぬ』などと泣いて…)


恐らく、親バカの極みの境地なのだろう。
彼は、ずっと俺の兄か母親のように接してくれていたので。



「金吾ォォッ…!?」

「「!!」」

突然ドアが開き、石田殿が入って来た。

佐助はすぐに離れたが、彼は恐ろしいものを見たかのように固まっている。


「なっ、何?ぃ…三成くん」
「…貴様ら、一体何を…」

「俺様としたことが、蹴つまずいちゃって〜。ゴメンね?金吾くん」

何事もなかったように、平然とする佐助。
全く、繊細なのか図太いのか…


「ちょっと来い──貴様は、ここで作業だ」
「俺様がそっちに行くよ」
「…金吾が出した資料の話だ。貴様には分からん」
「大丈夫だって〜」
「(…イッラァッ…)」

まずい、石田殿の青筋が…

「(佐助、大人しく引け。小早川殿に迷惑がかかる)」
「(え〜、そんなぁ…)」

佐助は口を尖らせていたが、どうにか引き下がってはくれた。

しかし、俺に分かるだろうかと、少々不安に思いながら石田殿について行くと、


「先日の資料!不備の多さにも程がある!それから、この写真──この記事──調査──……〜〜!!!」


──耳にはしていたが、何と手厳しい…。
しかも、難しい言い回しを多用するので、時折意味が解せぬ。

小早川殿は、いつもこのように言われておるのか…
この顔だけでも肝が冷えそうだというのに、怒鳴り声までとは。


「良いか、今日中に仕上げておけ」

やっと説教が終わったかと思えば、ドサッと大量の資料を渡された。

「「金吾、こちらもな」」

毛利殿と大谷殿からも同じような物を置かれ、目をむく。


「あ、の…これは、今日中じゃないよね…?」

「何をおかしな。いつもの仕事であろ?」

「答えが分かっているのに尋ねるのは、全く賢くない行為ぞ。まぁ、貴様にはお似合いであるがな…」

それぞれ、『ニタァ』『フッ』と笑う大谷殿と毛利殿。

何という無体な…


「でも、今日は…」
「くどい!さっさとやれ…!?」

「…ッ」

石田殿も驚いた顔になったが、他の二人も息を飲み、後ろの方で黒田殿が「うわ…っ」と小さく叫んだのが分かった。

…石田殿が振り上げた竹刀(鍛練用に常備)が、まともに俺の顔を直撃した。

(別に、痛くはないが)


「きっ、貴様!いつもの鍋はどうした!?何をボーッと」


…ああ、あの鍋は盾でもあったのか…

そう理解がいくと、──怒りが沸いてきた。


(無体ばかりか、このような乱暴まで…)


小早川殿のような、か弱き者に対して。


(──許せぬ)


抑えられず、三人を睨み上げた。



「…何だ、その…目、…は…」


石田殿の声は、段々と小さくなっていく。


「ほう…?いつから、このような顔ができるようになったのだ?気に入らぬな…誰の入れ知恵ぞ」

毛利殿が、侮蔑の目で見下げてくる。…が、どことなく愉しそうな笑みも含んでいた。


「どれほど打てば、いつもの目を拝めるのであろうな…?」

…どうやら、彼の加虐心に火を点けてしまったらしい。

普段は、嘆く小早川殿を冷笑するのみだというのに。…激昂する石田殿よりも怖ろしいものがある。


「──どけ」
「似合わず心配か?まともに入ったものな」
「黙れ」
「…フン」

割り込んで来た石田殿を鼻で笑い、興が削がれたように毛利殿はデスクへ戻った。


(石田殿…少しは慈愛の心を…?)


そう見直すように彼を窺うが、


「貴様……誰だ…?」


(──え)


刺すような眼光を真っ直ぐに向けられ、冷水を浴びた心地になる。

まさか、しかし何故…と焦っていると、


「三成、何を…?」

大谷殿は、複雑そうな表情で石田殿を見ていた。


「刑部、こいつは金吾などではない!」
「!(なっ、何と…!)」

石田殿は、心眼でもお持ちか!?
佐助じゃあるまいに!

顔面が蒼白になるのが、はっきりと分かる。


「落ち着け、三成…」
「そそ、そうだよ、何言ってるの?僕だよ、三成くん…しっかりして?」

「黙れ!私は騙されないッ!」


(あわわわ…どうすれば…)


佐助、と思ったが、資料室のドアは閉じたまま。

石田殿は、キッと俺を見据え、


「……貴様……


──家康の手先だろうッ!」





「……………はっ?」


理解が遅れ、返答も同じくになった。
いや、正しくは理解できていない。

…手先?


「その態は新型か…瓜二つに造りおって。

……おのれ、イエヤスゥゥッ!!」


彼の後ろに見える、大谷殿の心から楽しそうな笑み。

唖然とした己の目と頭は、ただそれだけを認識していた。

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