金吾さんの奮闘5


結局、伊達さんは授業が終わっても帰って来なかったので、僕は一人で保健室に行くことにした。

次の授業は自習らしいので、ちょっと遅れても大丈夫かな…と、制服に着替えてから、雑賀さんにその旨を話す。


「捻挫…?」

雑賀さんが、ピクッと眉を寄せたので、また怒らせたと思ったんだけど、

「平気なのか」
「えっ──は、はい。そんなにひどくは」


(…何だ。案外、優しい人なのかな…)


雑賀さんは、本当に心配して言ってくれたみたいだ。

保健委員を呼ぼうとされたけど、一人で大丈夫って断った。
今日は、保健の先生でもある天海様はいないけど、薬の配置とかはよく知ってるし。


「…何なら、私が、」
「雑賀さん、これ配っても大丈夫〜?」

教壇から、自習用のプリントをこちらに見せる、クラスの女の子たち。

何か言いかけてた雑賀さんは、ちょっとだけ残念そうな顔をしたけど、「分かった」と頷いてくれた。









頭の痛みは、ほとんど引いていた。
天海様印の、腫れを治す薬を塗っておけば大丈夫だと思う。

でも、捻挫の方は結構ひどくて…


(あれ〜?おかしいなぁ…)


誰もいない保健室に入って、いつもの場所を探すんだけど、


(──あ、そっか…。今日はお休みだから、違うところに隠して…)


そうなると、もう手に負えない。探してたら、朝になっちゃう。
僕は仕方なく、普通の薬を頭に塗った。

足は湿布しかないか…と、戸棚をガチャガチャしてると、


「うるさいなぁー…人がせっかく気持ち良く寝て──」


(えっ…)


まさか、誰かいただなんて思ってもなかった。
慌てて振り向くと、


「!!幸ぃ!!」


(──げ)


僕は、普段だったら使わないような声を(心の中で)上げ、満面の笑みに変わるその人を凝視する。


真田さんの友達の、前田慶次。…前回、ひどい目に遭わされた。


いや、別に前田さんが悪いわけじゃないんだけど…。
『スター特集』の調査で、この人も猿飛さんと同様、真田さんばっかりの毎日ってことが判明して。
そのまま報告したら、三成くんの逆鱗に触れた。

…思い出すだけでも、足が震えてくる。


だけど、今は真田さんの身。
仲の良い友達同士なんだから、怪しまれないように気を付けなきゃ…


「どしたの?珍しい…。しかも、一人だし」
「あ、それがですな…」

僕は、猿飛さんのことと、足の捻挫の件を説明した。


「大丈夫?…ちょっと失礼」

前田さんが、しゃがんで僕の足首を覗いて、

「うわ、痛そう。…よし、俺がやったげる」
「え?──うわぁっ!?」

身体の大きな前田さんは、軽々僕を持ち上げ、ベッドに下ろした。

丸椅子を移動させ、そこに僕の足を乗せる。


「靴下脱いで、裾まくってて」


(──あ、治療してくれるんだ)


優しいんだなぁ…。驚きながらも、思った。
猿飛さん同様、おかしいイメージしかなかったから、意外だった。

…そういえば、猿飛さんも、真田さんにはすごく優しいんだっけ。


前田さんが床にひざまずき、裸足になった僕の足に触れる。

薬を塗ってくれ、湿布を貼ろうとし、


「…そんな見られっと、手元狂いそうなんだけど」
「え?」

前田さんが、抑えたように笑った。
何がそんなにおかしいんだろうってくらい、本当に嬉しそう。

猿飛さんや伊達さんもだったけど、実は皆、そう怖くて変な人でもないんだなぁ…。
前田さんに対する印象も、少しだけ良くなった気がする。


「てか、まくり過ぎだろ」

前田さんは、ますます笑いながら、膝までまくった僕のズボンを指す。

言われて気付いた僕も、しまったと思って下げようとしたんだけど、


「…あ、ここも擦りむいてんじゃん。ちょい待って」

と、今度は膝に消毒液を塗ってくれた。

そんな大したものじゃなかったから、全然気付かなかった。
乾くまで、じーっと傷を見る。


ふと、視線を感じ、


「慶次殿?」


前田さんが、ポケーっとした顔で、僕の膝下を眺めてる。


「──あっ、いや…っ」

「?何か付いておりまするか…?」

その慌てように、少し怖くなった。
まさか、変な虫とか…


「やっ、全然!…な、長くて、きれ…いやいや、カッコいい脚だなぁ、と思って!さすが、速そうっつーか、立派だなぁって!」

「はぁ…」

焦ったように立ち上がる前田さん。


(立派…?)


今一度、脚をよく見てみたけど…

確かに、長くて足が速そうではある。
僕の太ももと膝下も、逆の長さだったら、きっとこんな風だったろうなぁ。…あ、太さは別の話として。

クラスの女の子が、『私、大根足で〜…』と言ってたのを思い出した。

すぐに反応した僕(野菜大好きだから)だったけど、とても大根になんて見えない、ひょろひょろの脚だったんだよね。

その子のよりかは立派だけど、僕からすれば、真田さんも似たようなもの。

何のイメージも湧かないよ、とつまらなく思い、


「どこが…。もっと、太くなければ」
「え?」

そこで、前田さんの二の腕が目に入った。

すごく逞しい。
…あの分なら、脚も太いんだろう。


「慶次殿の方が、断然立派でござる」
「へ?」

「…ああ。やはり、このくらいはなければ…」

前田さんのズボンをめくり、想像通りのしっかりした足へ、羨望の眼差しを向ける。


(…もうちょっと丸くないと、大根には見えないけど)



「あ、ありがと…」

どうしてか、前田さんは、また嬉しそうな顔をして、


「…幸らしいよなぁ…。目指すは、お館様だもんな」

「えっ!」


(『らしい』って──)

その一言に、僕の心は喜び一色に染まる。


「すっげぇ嬉しそう」

顔に出てたみたいで、前田さんに思いっきり笑われた。


(だって、嬉しかったんだもん…!)


真田さんに、少しでも近付けたかな?
あの男らしさが思い出されて、どうしようもなく胸が踊った。


「嬉しかったので…。…しかし慶次殿も、同じようなものではございませぬか」
「えぇ?」

「先ほどから、ずっと笑っておられる。何か、良いことでも?」

「………」

前田さんの笑い声が、止んだ。

どうしたのかな、と思ってると、


「──うん、あったよ」


と、前田さんは、僕の隣へ腰を下ろした。

そして、さっきよりも優しい顔になって、


「幸、俺さ…」






『ガララッ』


突然、保健室のドアが開き、


「旦那、捻挫したって!?大丈夫ッ?」

と、猿飛さんが飛び込んで来た。


「!!?佐助、何故っ?」

「もう、心配したよぉ!あ、慶ちゃんてば、またサボリ?竹中さんに見付かんないよーにね、じゃ!」

「あ、うん…」


猿飛さんは早口で言い、廊下へ僕を引っ張ってった。

…前田さんの元気が、びっくりするくらいなくなっていく。


「慶次殿、ありがとうございました!」


そう叫ぶと、彼はまた笑って、軽く手を振り返してくれた。

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