金吾さんの奮闘4







「Hey、幸村ァ!勝負だ!」

「は、はひッ!?」


午後からの最初の授業は、体育だった。
ソフトボールで、僕は足を挫いたと言って見学してたのに…

「あ、ああの〜政宗殿…某は、足を…」
「Ha!んな小せぇことで逃げるなんざ、お前らしくもねぇ!オラ、さっさと来い!」

「ええっ…ちょ、っと、先生っ」

すぐに、体育の前田先生に助けを求めたんだけど、

「ああ、またかぁ。終わりまでには戻って来るんだぞぉ」

と、呑気に手を振られた。


(えぇぇぇ、まずいよぉぉ…!)


やっぱり、さっきの子のこと怒ってるんだ、伊達さん…!

ど、どうしよう…


青ざめながらついて行くと、今はほとんど使われていない旧テニスコートに着いた。


(ま…あ…、テニスなら何とか…)


僕の家、お父さんの趣味でジムやプールとか持ってて、テニスコートもあるんだよね。
僕も一応、小さいときからやってたから…


(──って、何この人ー!!)


プロ並みに上手いんだけどっ!?

確か、部活は剣道部だったような…なのに、何でぇぇ!?

僕はヒィヒィ言いながらも、どうにか彼の球を拾う。


「Hey、hey、どーしたぁ!?いつもの勢いの半分も出てねーじゃねーか!そんな小物をrivalに認めた覚えはねーぜぇ!?」


(ひぇぇ…!真田さん、ごめんなさぃぃー!)


「──Shit!」
「とっ、取って参りまする…!」

ボールが、ボロボロに穴の空いたフェンスを通って、裏の雑木林へ弾んでいった。

久し振りの激しい運動に、フラフラになりながら、追っていると、


──ぐきっ


(いッ…!)


嘘から出た真──僕は、本当に足を挫いてしまい、そのまま転んでしまう、しかも、


ガツッ!


…耳の近くですごい音が鳴り、目の前が真っ白になった。












「──気ィ付いたか」

「………」


伊達さんの、ホッとしたような顔が覗く。

僕は、テニスコートの端にあるベンチに寝かされていた。

「いった…」

頭と足が痛み、顔をしかめる。


「…Sorry。結構ひどかったんだな、足…。頭は大したことねーとは思うが、後で保健室連れてくからよ」

嘘だったんだけど、これなら罪悪感も少しは軽くなる。


「あの…、政宗殿…」
「ん?」

──うわ。…ホントに何?この人。

さっきまでと、全然違うんですけど。
…こんな優しい顔、できるんだ…


「昼休みのことは、誤解でござるよ。某、知らなかったもので…元カノ殿…」

そこだけは、真田さんのためにもと、きちんと説明しておいた。

すると、


「俺がお前にjealousy?…Ha!」

伊達さんは小馬鹿にしたように笑って、


「逆だ、バーカ」



(……はい?)


逆?
…ってことは、僕にじゃなくて、元カノに嫉妬?何で?

「??」って思ってると、伊達さんが、僕の頭にそっと触れた。


(あ、打ったとこ…)


ひんやりした手で触られると、熱が吸いとられるみたいで気持ちが良い。
このまま、痛みもなくならないかなぁ…と、目をトロンとしてると、


(……ん?)


何か、いきなり伊達さんの顔が近くなった。

近く……


(そういえば、『旦那マニュアル』で──)


“伊達政宗が、至近距離に寄った場合…”





「は、はは破廉恥ぃぃー!!」



(──これで良いのかな?)


マニュアル通りに叫んで、伊達さんの鳩尾…だったのか分かんないけど、とにかくお腹にパンチしてみた。

…そして、痛い。

僕のなよなよ拳は、彼の鍛えられた腹筋に、逆にやられた感じ。あぅぅ…



「…んだよ、冷やそうとしただけだって」


(いや、僕もそう思ったんですけど…)


怒ったかな、と恐る恐る見上げてみると、彼はどうしてか、すっごく嬉しそうに、


「破廉恥を予想したのかよ?…つまりは、意識してたってことだよな?俺のこと」

「…へ?…あの…?」


──どうしよう、意味が分かんない。

あれ、何でまた近付いて来るんだろ?また、殴れば良いのかな?手、痛いけど。

あ、でも掴まれちゃった。どうしたら良いんだろう。

伊達さんが目をつむるのを、首を傾げながら見ていると──



「べぶッ!」

「うわ!?」


いきなり、僕と伊達さんの間にテニスのラケットが現れた。

見てる方も痛い…。思い切り顔面を叩かれた伊達さんが、猛獣のような唸り声を上げ、のたうち回る。


「誰だ、テメッ!?」

「あ、あなたは…!」


「…………」

ラケットを手に立っていたのは、赤毛の髪で顔が隠された男の人。


「で、伝説のインフォメーション!」
「Ah〜?何だ、そりゃ?」

伊達さんが、顔を治しながら聞くのに対し、僕も、信じられないびっくりな気持ちで、


「その名の通り、この学園の全てに精通している闇の情報人でござる!彼に、知らぬものは何もないと…!
新聞部は、ずっとスカウトしているのだが、彼は、高給でないと雇われてくれないらしく、みっ…石田殿は、いつも渋い顔を…」


しかも、神出鬼没である彼に出会えるなんて、何てレア体験だろう!

僕の運も向いて来たのかなぁっ?と、キラキラした目で彼を窺うと、紙を渡された。


「某に?」
「………」

伝説は、喋らないことでも有名だ。

読んでみると、


“金吾くんへ。

君の身体は旦那の物じゃないから、別にどうでも良いんだけど…。

でも、図に乗る眼帯とかいたら、それもシャクだから。俺様の代わりの用心棒、付けとくね。もちろん、代金は金吾くん払いで(^^)d

猿飛”



「何だかよく分かりませぬが、佐助が雇ったらしいです、眼帯の用心棒だとか」


「──あいつ、今どこにいんだっけ?」

伊達さんは、テニスラケットを手に、心底楽しそうに笑いながら、校舎へと走って行った。


「…あの、サイン…っ…」


振り向くと、伝説の姿は、何の痕跡も残さず消えていた…。

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