金吾さんの奮闘2
「だんな……旦那……」
(え…?)
「あ、やっと起きた!ダメじゃん、こんなとこで寝てちゃ…。一時間目サボリだよ、もう」
(猿…飛…さん…?)
この笑顔はよく知っている。真田さんの前でしか、出さない…
「え…!?」
(な、何で、僕に『旦那』って!?)
慌てて起き上がると、目に入った隣のソファに──
「……ん、さす…?」
ふあぁ、と欠伸をし、猿飛さんを見る、
………僕の姿。
(えぇぇぇ!?)
急いで、壁に掛けてある鏡の前まで駆けた。
「あ、ちょ、旦──」
「ぅわぁぁぁぁ!!!」
鏡の中にいたのは、…こんな予感、当たって欲しくもなかったが──
………真田………さん。
『その方そのものになれる…と言いましょうかねぇ。周りの環境なんて、すぐに分かるはずですよ』
『でも、どうして相手にも薬を?』
『向こうにも、金吾さんのことを知ってもらうためです。…知って欲しいのでは?』
(天海様…)
──確かに、真田さんのことが知りたかった。
そして、僕のことも知れば、この苦労を分かって、新聞部の活動に積極的になってくれるかも…
とか。つい、考えちゃったけど──
(まままさか、こんなことになるなんて…)
「うおおおお!!?」
僕でも、あんなに男らしい雄叫び上げられるんだ、と妙に感動しながらも、
──本人には隠せるわけない。
猿飛さんからの報復に死を覚悟し、二人に事情を説明した。
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「──とんでもないね、あのマッドサイエンティスト。しかも、今日に限って休みとか」
「本当に、ごべんなざぃぃ…」
「もう泣かれまするな、小早川殿。わざとでないことは、分かったゆえ」
「うぅ…真田さんん…」
とにかく涙ながらに謝ってみると、真田さんは哀れに思ってくれて…
猿飛さんも、渋い顔だったけど、僕を信じてはくれたらしい。
「一日経てば、元に戻るのだ。大したことではない」
真田さんは、元気付けるように言ってくれた。…僕の姿なのに、すごく頼もしく見える。
「それに、某の顔であまり泣かれてはな…。妙な気分でござる」
「あっ!…ごめんなさい」
僕は、慌てて涙を止めた。
確かに…。真田さんにとっては、不名誉も良いところだろう。
「とにかく、お互いの振りして、乗り切るしかないねぇ。まず、制服替えなきゃ」
こんなときでも冷静な猿飛さんが、チャキチャキと指示してくれた。
どうやら僕らは、中身は自分のままで、外見や声などが、相手そっくりに変わったようだ。
口調や態度、歩き方さえ、変えないといけない。
「力もそのままだね」
いてて、と猿飛さんが手を振る。僕になった真田さんの、握力を測ったようだ。
つまり、僕がいつもの真田さんのように無茶苦茶をすれば、骨折どころじゃすまされない、…ってことなんだ。
(…早退したい)
猿飛さんから、『旦那マニュアル』を叩き込まれ、早くも、胃がキリキリなってくる。
猿飛さんが、「ぷっ」と笑い、
「大丈夫だって、俺様がいるんだから」
と、優しく微笑んだ。
僕は、安心しながらも、
「絶対ですよ…っ?ずっと離れないで下さいね、さるっ──佐助」
「……………」
「…佐助?」
(あれ?猿飛さんの名前…これじゃなかったっけ?)
と、焦ってたら、
「小早川殿…じゃない、真田さん、敬語!真田さんは、猿飛さんに敬語は使いませぬ…ん」
すごいっ。真田さんは、もう僕になりきってくれてる。
──僕も、見習わなきゃ!
「佐助、頼む…。俺から、決して離れないでくれ。片時もだ。うまくやれるか、不安で…」
(こんな感じかなぁ?)
チラッと猿飛さんを見上げてみると、
(うっ──)
さ、猿飛さんがおかしい!!!
…これは、前に見たことがある…
真田さんが自分のことを褒めてたって聞いたときの、あのフッニャフニャ顔。
しかも鼻の下が伸びてる上、息が荒い?
「あの、」
「大丈夫だよ、旦那!俺様に任せて!全部委ねて!心配ないよ、ゆっくりヤればイイんだから──」
猿飛さんは興奮気味に言うと、僕をソファに押し倒した。
「あの〜、さ、佐助?」
「旦那、俺様嬉しい…ッ」
(何が?)
ポカンとしてると、僕を覗き込む僕が目に入る。
「さすけ…じゃなく、猿飛さん?どうしたんですか?」
真田さんが彼の肩を叩くと、ハッと元の顔に戻る猿飛さん。
「だ、あ……だん、…な…」
みるみる青ざめ、僕と真田さんを見比べる。
「ど、どうした?」
真田さんが、つい元の口調になると、
「ご、ごめん!ごめんなさい、旦那ぁぁ!俺様とあろう者が、幻惑に負けて…!ああああ、俺様、一生の不覚!今晩、大将に死ぬほど殴ってもらぅぅ!」
「さ、佐助っ?しっかりせいっ!どうしたのだ、一体?」
「ああ、旦那…!姿は違っても、旦那は旦那。なのに、俺様は…!もう、絶対惑わされないから!旦那以外、俺様ムリだから、ホント!」
だから、捨てないでぇぇ!!
──と、涙ながらにすがる猿飛さん。
…確か、二人は付き合っていないはずだけど。
「──ってわけで、ごめんね?金吾くん。俺様、やっぱ旦那についてく」
「えぇぇ、そんなぁ!」
「佐助、そのような無茶を。だいたい、学年が違…」
「旦那、お願い!理由なら何とでも作れるから。俺様、もう旦那と離れたくない…さっき、死に目に遭ったばかりで、今離れたらホントに死ぬ」
「な!?馬鹿を申すな、何を」
「お願い。普段、俺様ワガママ言わないっしょ?頼むよ…」
「さ、佐助…」
あーあ…。真田さん、完全にほだされちゃった。僕の顔だけど、…男らしいなぁ、本当。
──というか、あんな状態の猿飛さんなら、かえって大変かも。
…よし。
こうなったら、一人で乗りきってみよう。真田さんの男らしさを、見習うんだ…!
(『旦那マニュアル』も、あることだし)
「ところで、トイレのとき……どうする?」
「え?」
「何が?」
僕と真田さんが、同時にキョトリとすると、
「……や、何でも……」
猿飛さんは、また自責するような顔になり、それ以上何も言わなかった。
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