哀は愛に負けた4
「………」
幸村はケータイの通話を切ると、三成を振り返った。
朝靄とともに、溶けて消えてしまいそうな、その姿。
「…これから、どちらへ?」
離れた場所で電話をかけていても、一つも邪魔をしようとしなかった三成。
ナイフも、既に手から姿を消している。
「あの顔を見ただけで、充分遂げられた。…後は、兄たちのもとへ行くのみ」
背を向ける三成を追い、幸村が彼の前に回った。
「ならば、その前に少し付き合って頂けませぬか?」
「何…?」
眉をひそめ、三成は怪訝な顔をするのだが、
「某の郷を、三成殿に見て頂きとうござる。以前、申したでしょう?某の家族に、紹介したいと…」
「………」
無言を承諾と受け取ることにし、幸村は三成の手を引き、駅へと向かって行った。
「あれが、某たちの家です。…家康殿のお陰で、建て増しできたようですな」
「………」
鮮やかな緑が広がる田園風景の中、立派に佇むその施設。
子供たちの楽しく笑う声が、離れたここまで届いてくる。
「彼らと集まる場所は、いつも決まっておるのです。施設は、狭いゆえ…。外で、秘密基地を作っておりましてな」
サクサクと歩く幸村の後をついて行けば、田畑を通り、林に入り──その先に着いたのは、ごく小さな入り江。
だが、綺麗な海が広がる、ゴミのない砂浜で、傍には洞穴もあったりなど、正に秘密基地と呼ぶに似合いの場所だった。
少年の頃の彼らが、ここではしゃいでいた様子が、浮かんできそうなほどだ。
「ここに、いるのです…皆。──あの日から、ずっと…」
(…何…)
三成は、目を見張った。
あの写真を取り出し、こちらを見て微笑む幸村。
(お前も、私と同じ…)
信じられない気持ちで、幸村を見つめる三成。
あの日、橋の欄干で写真を眺めていた幸村の横顔。
見たことがあると感じたのは、そのせいだったのだ。…鏡に映る、自分の表情と、同様の。
「夏休みの旅行で、事故に…。死んだようになった某を、家康殿がずっと世話をしてくれたのです。良いカウンセラーを紹介して下さり、病院も…」
「……」
三成は、複雑な表情に変わる。
「ありがとうございました」
「…何?」
突然の謝礼に、三成は面食らうのだが、
「──某に、教えて下さいまして」
…と、幸村は笑った。
(……)
初めて見る、その笑顔。
泣きそうな──だが、どこかすっきりしたような、何よりも綺麗なその。
「家康殿のお気持ちを知り、ようやく確信することができ申した。…やはりあれは、夢ではなかったのだと」
「夢…?」
はい、と頷き、幸村は再び写真に目を落とす。
「新聞では事故となっておりましたが…。自分を取り戻してから、某の頭に何度も浮かぶ映像があり、徐々に疑いを持つようになりましてな。…あれは、本当に事故だったのだろうかと」
「…映像…。どのような…?」
「──……」
幸村は、少しだけ黙すると、
「…皆が、お互いを傷付け合う姿です」
と、三成の首に軽く両手を回し、「そのような…ナイフを使ったりなども…」
…手は、すぐに離された。
「最後に立っていた彼は、何度も某に謝り、…自ら」
軽く目を閉じ、少し経ってから再び開けた。
「某は、必死に止めようとしたのですが、身体を掴まれて叶わず。…それが、家康殿で。某に、そのような凄惨なものを見せまいとしてくれて…」
「──と、思っておったのですが」
幸村は、真っ直ぐに三成を見上げた。
「見た気がするのです。…薄く笑う彼の唇を。恍惚に染まった、彼の瞳を。…見間違いだと、何度も思おうとするのですが、あのシーンを夢見る度、必ず浮かぶのです。最初は、某のため、事故だと偽装したのだろうと思っておりました。しかし…」
「あの旅行は、家康殿が某たちだけを連れて行って下さり、内緒だと…酒を。某は一番年下だからと、飲ませてもらえませんでした。皆が、フラフラになったところで、家康殿が…」
『お前たちは、一生このままの関係なんだろうな。…どうだ?いっそのこと、もうこれで勝負すれば』
「──と、腕を指し。某は、単なる腕試しかと…話の意味も分かっておらず。昼間のアウトドアで使われたナイフも、まさか、そのような凶器になり得るなど」
…幸村は、写真を大事そうに、財布の中へとしまった。
「…彼らの身体からは、酒も薬も検出されず。警察も、某の夢のような事実は、何もないと言う。…もしかして、家康殿は初めから…。──ですが、だとすれば、その理由が…どうしても分からず」
「……」
知らずに、三成は幸村の片手を包んでいた。
「長い間、疑りながら…彼に近付き、いつか真実を知りたいと。…三成殿のお陰で、分かった気が致しました」
「そうか…」
幸村は、ニコリと笑うと、
「他にも、沢山お礼を言いとうございまする。…某も、三成殿といると、彼らとの楽しい思い出ばかりが浮かんで来まする。ですから、ここに…」
「…真田…」
三成は唸るように呟くと、「私は、お前を騙して…」
(家康から、お前を奪うために…)
「某も、同罪にござる。…三成殿を、家康殿の幼なじみだと知り、近付いたのです。写真を拾って頂いた後、後を尾けるようにして。──ですが」
幸村は、彼のもう一方の手も取り、
「それ以外は、全て真実にござる。…行かないで下され、三成殿。家族よりも……某を、…選んで下され。…仰られたではないですか、某のものにしろ、と。あの瞬間から、某はもう」
幸村から、三成の身体に腕を回す。
彼は、少々震わせたが、されるがままになっていた。
「家康殿は、某たちを追ったりはしませぬ。先ほど、話を致しました。…某が、何もかも既知であったこと。決して許せぬこと…」
「真田…」
許せぬ、と言いながら、幸村の頬は濡れていた。
「いつか、彼らと同じもとへ行くまでは、某と一緒にいて下され。きっと必ず、三成殿を兄上たちにお返ししますから」
「…それは、私の台詞だ。…だが」
三成は、全ての力を込めて、幸村の身体を抱き返す。
「…拒否をするのは、今しかないぞ、真田。──もう、二度と離す気はなくなった…この先も決して」
(誰にも返さない。…それでも良いのか)
(そんなにもお前のことを想っていた、彼らの元へも)
言葉にしなかった三成の問いに、緩く頷く幸村。
白い砂浜に、使われなかった銀色が落ちる。
二人が去った後、静かに寄せる波間の中へと消えた。
‐2011.10.14 up‐
あとがき
読んで下さり、ありがとうございます!
家康好きの方、すみませんでした。
私は、彼をどうしたいのか(--;)
他にも、沢山可哀想な目に遭わせてしまった(;_;)
珍妙な内容で、失礼しました。
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