哀は愛に負けた2







「真田、石田と仲良いみたいだけど…」


サークル室に入ろうとしたところで、耳に入って来た声。

今までの経験から、良い話題の始まりでないことは、すぐに分かる。


「三成殿が何か?」
「あいつ、疫病神なんだぜ…」

「え?」

「石田、親いないらしくて、同じ施設で一緒だった奴らと同居してたんだよ、去年まで。…で、三人いたんだけど、そいつらが次々と死んじまってさ」

「………」

「病気とか自殺とか…なーんか、怪しいんだよ。ハッキリ分かんなくて。実は、あいつが…みたいなのもあってさ。ま、結局疑い晴れたみてーで、また大学戻ったんだけど」


…三成の額に、汗が滲む。

普段は思い出さないように抑えていた、あの映像が浮かんで…



「某も、孤児なのでござるよ」

「…え!?」

至って普段通りの調子で言う幸村に、相手はひどく驚いた様子。

三成も、その声で我に返ることができた。


「…『家族』でございまする。一緒に育った…。そのような方々を亡くされて、…しかも疑われるなど」


「一体、どのようなお気持ちで…」と、幸村が呟くように言うと、相手は黙った後、「ごめん」と何度も謝っていた。









「…三成殿」
「………」

サークル棟から出ると、グラウンドとの境に張られたネットを背に、三成が立っていた。


「今日は、おいでにならぬのかと」
「…私の話をしているのが、聞こえたのでな」
「あ…」

幸村は眉を寄せ、「すみませぬ…」と頭を下げる。


「お前が謝ることではないだろう。むしろ…」

ポツリとこぼした後、三成は幸村へ一歩近付き、


「…お前に、見てもらいたいものがある」









「立派なお宅ですなぁ」


幸村は、感嘆の声を上げた。

──グレーを基調としたモダンな一軒家。
月明かりを浴び、一層美しく見える。


「一番上の兄が、買って下さった。働き出して、たったの数年で」


家に入ると、三成は幸村に、一枚の写真を見せた。…写っているのは、彼の家族と窺える。


「皆、実の兄弟ではないが、お前の言うように、本物の家族だった」
「………」

三成を中心に、大黒柱だったという大柄な男性、彼を何よりも大事に想っていたという、優しげな面立ちの男性、三成の一番の友人でもあったらしい、痩身の男性…

四人は、幸せそうに微笑んでいる。


(三成殿が、このような顔を…)


幸村は、胸が突かれる思いだった。



「長兄は優秀で…会社でも、みるみる出世していった。この家もすぐに用意して下さり、私は、誰よりも短期間で、施設から出ることが出来たのだ」

三成は、思いを馳せるように、写真を指でなぞった。


「…だが、私が大学に入ってから、知らぬ間に様子が変わっていた。──長兄の仕事が、上手くいかなくなっていたらしい。小さなことが積み重なり、彼の立場は、新入社員以下のものまで、落ちていた…」

「………」

徐々に小さな声になる三成を、幸村は、ただ黙って見ているだけしかできない。


「同じ会社にいた次兄は、長兄がそのような状態になり始める前に、体調を崩し…自宅で療養していたのだが。──ある日、長兄が、列車に…」

「……っ」

幸村は、顔を辛そうに歪める。


「酔ってらしたそうだ。普段、泥酔しない彼が。事故だったのだが…次兄は、力になれなかったと、自分を責めて。…狂死した」

「三成殿…」

かける言葉など見つからない。だが、何か言わずにはいられなかった。


「三番目の兄は、元々病持ちで。長兄が、将来手術させるつもりで励まし続けていたのに。…一気に容態が悪化し、充分な治療もさせてやれず──私を置いて、逝ってしまった…」


「三成殿!」

たまらず、幸村は三成の顔を胸に抱いた。

二人とも、ダイニングテーブルの椅子に座っていたため、幸村だけが立ち上がれば、当然そうすることしかできない。


三成は、その温もりを感じながら、幸村の腕に手の平を軽く置いた。


「お前といると、哀しみに狂っていた記憶が薄らぐ。…代わりに、兄たちとの、良い思い出ばかりが浮かぶ。──何度も思った。彼らに、お前を会わせたかったと…」


三成も立ち上がり、今度は自ら幸村をその腕にした。


「一人でも、何ら不自由はない。だが、知ってしまった…。お前のせいだ。お前と関わらなければ、このような…」

「み、つ…」

込められる力に、幸村の息が詰まる。



「──責任を取れ、真田。…私のものになり、私をお前のものにしろ。拒否をするなら…」


三成の言葉は、ぷつりと途切れた。


…己の腕の中で力を抜いた幸村と、燃えるように熱を持った彼の顔を、凝視する。



「…拒否など…」


目を伏せ呟くその姿に、三成の頭と胸は、じわじわと痺れていった。

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