誓った夏の日2
『ゴロゴロ…』
「「!!」」
遠雷の音。――続いて、ポツッと顔に当たる水。
たちまち、ザーッと降り出した雨。
「うわっ……急に」
「とりあえず、そこ入んぞ!」
と、二人は小さな洞穴の中へ。
――雨は、比較にならないほど強くなっていく。
空は、雨雲が完全に覆っていた。
「――こういうときは、動いちゃ駄目なんだよな…」
「…はい」
と、膝を抱える幸村。
政宗は、その元気のない表情を窺い、
(ケータイ……)
と、激しい後悔に見舞われていた。
…何故、あんなことをしてしまったのか。
時間が戻せるなら、今すぐあのときに戻りたい。
カブトムシなんて探しに来ずに、さっさと家に帰って、小十郎と一緒に買い物行けば、こいつの好きなアイスとかお菓子とか買えて…
今頃、一緒に風呂でも入ってたかも知れねーのに。
はああ、と溜め息をつく。
「…政宗様っ」
「――Ah?」
(…聞き間違いか?)
「政宗様!」
「………」
しかし、自分を見る目は、真剣そのもので、
「あの……片倉殿の、真似……」
「――!?」
途端、「ブッ!!」と吹き出す政宗。
「お、おま…っ、何……!?」
ゲラゲラと笑い、「んだよ、突然!?つか、全然似てねーし!」
「ぬぅ……なかなかの自信作であったのに。ほら、ここに力を入れるのです」
ぐっと眉間に皺を寄せ、目を細める幸村。
ますます政宗は笑い転げ、
「似てねーよ!何だ〜?お前、珍しいな、んな冗談」
「いえ、冗談のつもりでは…」
「はああ?思っきしウケたけど。じゃあ、何だっつー…」
「でも、それなら良いのでござる」
幸村は笑い、「政宗殿が、面白かったのなら」
「…?」
「…泣きそうな顔をされておりましたので、片倉殿がおられる気分になりますかなぁ…と」
「Ahー!?」
政宗はすぐに青筋を立て、「ふざけんな!俺がいつ――」
「先ほどから、ずっと」
「そりゃお前だろ!?てか、泣いてたんじゃねーの?」
「なっ、そんなわけ…っ。腹が減っているだけでござる!」
「俺だってそーだぜ!変なことぬかすんじゃねーよ、バカ野郎」
「何おぅ!?」
『ぐきゅるるるー…』
「……」
「……」
…二人同時にお腹が鳴り、大人しくなる。
幸村は、小さく笑い、
「…本当は、泣いたのかも知れませぬ」
それ見ろ――と、政宗が言いかけると、
「政宗殿の元気のない顔など初めて見ましたゆえ。…本当だったら今頃、政宗殿の家で楽しく…と思うと…」
「――……」
「政宗殿…?」
政宗は、はぁ、と息を吐くと、
「……よ」
「え?」
「だから――」
政宗は仏頂面のまま、「…悪かったよ」
「…?」
「……ケータイ。俺が無理やり…」
「あっ…そんな!某も、必要ないと思って」
「…カブトムシなんかに、付き合わせてよ」
「それは、某も捕まえたく――」
「…俺も、同じこと考えてたんだよ」
「え…っ?」
「だから……俺が誘わなきゃ、今頃家で、お前笑ってたんだろうなぁ…って」
「政宗殿…」
幸村の顔が、柔らかくなっていく。
「…けど、俺はぜってーあいつの真似なんかしねーけどな」
(それで喜ぶお前の顔なんて、絶対…見たくねぇ)
「それは、そうでしょうなぁ」
と、幸村は笑うが…
『バササササッ』
「「……!」」
すぐ外で、鳥か何かが飛び立ったらしい物音に、二人してビクリとなる。
…静かにしてみると、虫の鳴く声や葉が擦れ合う音がやけに大きく聞こえる気がする。
時計がないので分からないが、あれから大分時間が経っているのは予想がつく。
「だ、大丈夫でござる。この山には熊はおらぬと聞き申した」
「そ…そうかよ。てか、別にビビってねぇし」
「もし良ければ、手…貸しまするぞ…っ?」
幸村が、ヒクヒクした顔で手を差し出すが、
「Ha!要ら――」
(……)
政宗は、幸村の表情と、微かに揺れた手を目にし、
……スッと掴む。
「大丈夫…っ。某が付いておりまする、政宗殿」
ぎこちなく微笑む幸村を見て、政宗は…
(…もう、あんなバカな真似はしねぇから)
ケータイとか、あいつとかに、余計なことしねぇ。…二人だけで遊びてぇとか、もう思わねーから。
俺は、やっぱり全然大人じゃねんだな…。あいつと同じ十代になれたところで、何一つ追い付けやしねぇ。
何故って。
…幸村の、こんな顔…また初めて見た。
こんなの、あいつの前じゃ絶対見せない。
俺は、逆の顔ばかりさせちまう…
だから、頼むよ。早く見付けてくれ。
…二度としないと、誓うから。
震えを止めようと、握った手に力を込める。
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