ようやく始まる3






想いを告げて約半年、その間恋人らしいことは、数えるほどしかしていない。
今の今まで、よくぞ気付きもしなかったものだ。三成は、今日一日で自覚した様々な思いに葛藤する。



「着いたぞ、真田…」

幸村のアパートの下に駐車するが、隣からの返事はない。モールを出てしばらくの後、彼は寝入ってしまっていた。ゆえに、三成も思考に走っていたわけだが。

もう一度声をかけても反応はなく、三成はシートベルトを外し、その顔を覗いた。
やはり暑かったのか、額に汗が滲んでいる。首から下に視線をやると、鎖骨の辺りもうっすら濡れていた。

寝息は少々乱れ、見ているだけでもその熱が感じられる。──呼吸で微動する唇に、三成のそれが近付いていく…


(目を覚ませ…)


あとわずかで触れるという間際、幸村の瞼がゆるりと動いた。

「……!?」

幸村は目を見開くが、三成は視線も位置もそこから動かさない。さらに迫ると、

「っ、やめ…!」
「ッ…」

手で制された上に顔を背けられ、見えずとも三成は胸をグッサリ刺された。
幸村は手で唇を覆い、慌ててシートベルトを外し、

「あ、ありがとうございました、今日はこれでっ」
「なっ、待て!」

三成は、もうプライドなど考える余裕は失せ、

「何故だ、もう私とは無理だというのか!拒むなど、これまで一度たりともッ」
「ちがっ、だ、こんな、まだ明るい…!人が…!」
「ならば部屋に上げろ、今すぐに!拒否は」
「今日は散らかってまして!」

あたふたと幸村は腰を上げ、外へ出る。が、三成も運転席側から出たので、焦り駆け始めた。部屋の前まで来たところで捕まり、しかもつまずいたのか膝を着く。

「っ、おい、」
「大丈夫です、ゆえ…!」


(何をそんなに慌てて…──もしや)


三成は、ハッと思い当たり、

「…これから、先ほどの電話の相手が来るのか」
「え?」

地に俯いていた幸村だが、不穏げな三成に瞬かせると、

「電話は友人からで…そんな予定は」

「私という相手がいると言えば良いだろう!…確かに私はこんな性格だ、お前には堪えさせてばかりで、ともに居てもつまらんだろうが──…」


……後に続くフォローが、自分でも思い付けない。三成は奥歯を噛み、激昂を押さえる。

幸村は膝を着いたまま、驚きの目を向けていた。


「…だが、そんな者だと知りながら、お前は頷いたんだろうが。…それを、今さら…」


(今さら、お前を知る前に戻れると思うか…?)


三成はかすかな声で呟き、幸村の隣へ同じく身を屈めた。



「三成……殿…」

幸村は声を震わせ、両の目にジワリと涙を溜めると、

「某…ッ──」


言いかけたが、鍵を開けた部屋に飛び込み、三成が聞けたのは、もうしばらく後になった。














(………)


ふっと覚醒し、周りを窺う。

昨日と違い天気は悪そうだが、部屋の明るさから見て夜は明けているようだ。ふわふわする頭で、ボーッと天井を見ていると、


「起きたか」
「…三成殿っ?」

慌てて上体を起こそうとするが、三成に易く戻され、

「大人しくしていろ。…何故、こうなるまで黙っていた」

「う……」

厳しい三成の顔に、幸村は消え入りそうな声で謝る。

──昨日のあれからだが、部屋に入った幸村が即座に向かったのはトイレで、止まぬ流水音と口を押さえ出てきた姿に、三成はやっと事情に感付けた。

初めは車酔いかと思いきや、洗面所で口をゆすぐ幸村の顔は蒼白で、首筋に手を当てれば灼熱……
今にも倒れそうな身体を抱え、叱咤しながら着替えさせると、とにかくベッドに押し込んだ。

モールでやけに飲んでいたのはそれで、手洗いの時間がかかったのは洗顔したり休んでいたからで、座れる映画を提案し、ボーリングが出来ず安堵したのも全て。
ビリヤードでの電話の後は、手洗いで『気持ち悪いのに吐けない』状態に陥り、諦めそのまま戻ったらしい。


(朝から顔が赤かったのは、熱で…)


そう分かると、三成は良い気になっていた自分を恥じた。浮かされたような涙目もそのせいで、幸村はそれどころではなかっただろうに。
遠慮させている以前の問題に、自己嫌悪は頂点を極めた。憤りは幸村へではなく、自身に向けたものだ。

が、そうとは察していない幸村は、熱で弱っているのかまた目と声を滲ませ、


「貴重なお休みに、初めてあのようなお誘いで……どうしても行きとうて…」

そこまで言うと、『ずっ』と鼻をすする。

熱のせいだろうが染まった頬に、伏せられた睫毛と潤んだ瞳でその台詞、のコンビネーションは、自分を苛んでいた三成の心を一瞬で淘汰した。

「…いや、腹を立てているわけでは」
「まことで?怒りませぬか…?」
「あぁ…」

頷く三成へ、幸村は合わせ辛そうに目をやり、

「前日あまりにも眠れず、腹筋や腕立て、ジョギングした後、汗のまま寝てしまい……」

「──…」

貴様は馬鹿かと怒鳴りそうになったが、三成は何とか飲み込む。…あの声を思い返せば、その理由は悪いものではない。


「…そんなに待ち詫びていたのか」
「っは、それはもう…ッ」
「また後日、改めて赴くか」
「……!!」

幸村は、目を丸くさせた後に細め、

「ありがとうございまする!…ですが、あそこでなくとも良うござる」
「何?」

「どちらでも、三成殿といられれば嬉しいので」

これも熱のせい…いや、いつもの考えなしだろう。幸村は何の恥じらいもないようで、ほやほやと表情を崩していた。
…何がそんなに……


「──気が知れんがな」
「嬉しゅうござるよ。半年前から、ずっと…」

「……」

次は照れて隠す表情にまた調子を乱され、視線を外す三成だった。

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