ようやく始まる2






一時間ほどで到着したモールは、オープン直後だというのに、結構な客であふれていた。今日は、三連休の初日であったのだ。


「…寝れば良かったものを」
「ッ!!い、いや…!」

口に手を当てていたのを三成に見られ、幸村は慌てて首を振った。

「昨日、なかなか寝付けませんで…」
「──ああ」

と普段の三成なら、そこで終わりだが、

「私も、早くに目覚めてしまった。平素より遅くて良いというのにな…」
「…っ、」

すると幸村の身体がよろけ、三成が素早く腕を掴む。幸村は「す、すみませぬ」と頭を下げ、即座に離れた。

驚かせているのだろう、いつもの彼らしからぬ言動で。
隣を横目で窺えば、目を細めたりつぶったり、頬に手を当てたりする姿。三成の胸も、再び不規則に揺れ始める。

映画は話題作のヒューマンドラマに決め、二人は飲み物を手に入場したが…










(どこが話題作だ……)


上映後、シネマブースの前で一人、三成は心中で作品を罵っていた。手洗いに行った幸村待ちでもある。


「お待たせを、」
「遅い。さっさと場所を変えるぞ」

「…すみませぬ」

幸村の暗い顔に、三成は『しまった』と、

「いや…あれは、予告が悪い。運がなかった」

「……」


(くっ……)


治らない顔に、三成の映画への恨みは増す。恐らく幸村は、別のアクションものを観たかったのだろうに、自分が興味の薄い反応をしたがために…

そもそも、自分のような厄介な性格でなければ、たとえば彼の親しい友人であれば、映画より買い物や遊技場を優先したはずだ。
元親の言葉が思い出され、苛立ちと焦燥も顕著になっていく。

とにもかくにもそこを離れ、昼時だったのでレストラン街に入った。…が、想像を絶する混雑振りで、どの店も長蛇の列。あれでは、入れても落ち着けない。
さすがの三成も、内心落ち込んできた。こういう場でリードするというのが、こんなにも困難な道であったとは。


「あっ、あちらは空いておりまする」
「何…?」

幸村が示したのは、ファーストフードの出店。「そうするか」と三成も妥協する。
三成は飲み物と最も少ないサンドイッチを、幸村はスムージーとフルーツ杏仁を注文、外の噴水の前で座ることにした。

食事が始まると幸村の顔も和らぎ、三成の胸中も凪いでくる。


「いつもは『食べろ』と、しつこく言うくせに」
「朝、食べ過ぎましてな…」

幸村は恥じらい笑い、

「ふぅ…生き返りまする!甘いものが欲しくて」

先ほども、ジュースをあんなに飲んでおきながら。三成はからかいたくなったが、映画を彷彿させそうなので止めた。

中の熱気に比べたら、外は天国のような快適さである。幸村の頬の赤みが薄らいだ頃、二人は遊技場へと向かった。











今日は厄日なのか。ボーリング場も大混雑で、レーンは一杯だった。
これほど世の中を呪った日はない。三成の眼光は鋭くなり、行き交う客たちを怯えさせるほど。

が、ビリヤード台は空きがあり、「今日はこちらだけ致しましょう」との幸村の言葉に、幾分かはマシになる。
しかし彼のそれに気付けば、三成はまた己への嫌気が湧いた。幸村は、どこかホッとした顔を見せたのだ。

自分とのボーリングなど、想像でも盛り上がりに欠けたのだろう。自身でも、よく分かる。


(…だが、こちらなら)


学生時代に取った杵柄でもって、腕の見せどころである。
幸村はほぼ初心者、三成のレクチャーに大人しく見入っていた。

「やはり、難しゅうござるなぁ…」
「得意な力技ではないからな」
「ぬぅ…」

今度こそはからかってやれば、幸村の頬がにわかに膨れる。元々の童顔が一層幼くなり、三成は口元に手をやり余所を向いた。

幸村は『また笑われた』と思っているだろうが、三成が隠そうとするのは、それだけなのではない。子供や犬猫などを見ても、一切も湧かないというのに…
そんな彼の本心を知らぬ幸村は、恥を凌ぐためか、

「あっ、あの方すごいですなぁ。一人で」

「……ふん、あれしき」
「おお、三成殿も?」

他の台で華麗な技を見せる客を褒められ、三成の闘争心に火が点く。同じく三成が連続で決めると、幸村は座って眺め始めた。


「すっげぇー…」
「うまぁ…」

周りに人が集まるのも気にせず、黙々とする三成。幸村が褒めた客も意識しているようで、暗黙の勝負となっていく。

半時間ほど経ち区切りがつくと、幸村が三成の方へ赴いた。『どうだ、先ほどの技を見たか』と、心の中で胸を張る三成だが、


「すみませぬ、着信がありまして…」
「…あぁ、分かった」

幸村は頭を下げ、ケータイを手に、入口近くの静かな場所へと向かう。その背は人だかりに飲まれ、すぐに見えなくなった。


(邪魔者めが…)


と当然湧くが、『優しくしろ!』も頭を掠める。気持ちの行き場もないので、引き続きビリヤードに打ち込むことに。

それから、幸村が戻るまでにはかなりの時間がかかり──しかも、見るからにその様子は変わっていた。


「真田」
「…あ…」
「ッ…」

彼の飲みかけの紙コップを渡したのだが、幸村は手を滑らせてしまう。とっさに三成が掴んだのでこぼれなかったが、幸村は目を覚ますように顔を振り、「申し訳ござらん」と受け取る。

「何か…あったのか」
「いえっ、何も」

持っていたらしいハンカチで、額の汗を拭う幸村。空調はちょうどよく、爽やかな室温であるというのに。


「…そろそろ帰るか」
「そ、ぅですな。今なら、道も混まぬでしょうし」

実のところは、『もう少し…』と返るのを期待していた三成。が、これはどうも遠慮ではないようだ。

まだ夕方前だったが、二人はモールを後にした。

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