ようやく始まる2
一時間ほどで到着したモールは、オープン直後だというのに、結構な客であふれていた。今日は、三連休の初日であったのだ。
「…寝れば良かったものを」
「ッ!!い、いや…!」
口に手を当てていたのを三成に見られ、幸村は慌てて首を振った。
「昨日、なかなか寝付けませんで…」
「──ああ」
と普段の三成なら、そこで終わりだが、
「私も、早くに目覚めてしまった。平素より遅くて良いというのにな…」
「…っ、」
すると幸村の身体がよろけ、三成が素早く腕を掴む。幸村は「す、すみませぬ」と頭を下げ、即座に離れた。
驚かせているのだろう、いつもの彼らしからぬ言動で。
隣を横目で窺えば、目を細めたりつぶったり、頬に手を当てたりする姿。三成の胸も、再び不規則に揺れ始める。
映画は話題作のヒューマンドラマに決め、二人は飲み物を手に入場したが…
![](//img.mobilerz.net/sozai/1645.gif)
(どこが話題作だ……)
上映後、シネマブースの前で一人、三成は心中で作品を罵っていた。手洗いに行った幸村待ちでもある。
「お待たせを、」
「遅い。さっさと場所を変えるぞ」
「…すみませぬ」
幸村の暗い顔に、三成は『しまった』と、
「いや…あれは、予告が悪い。運がなかった」
「……」
(くっ……)
治らない顔に、三成の映画への恨みは増す。恐らく幸村は、別のアクションものを観たかったのだろうに、自分が興味の薄い反応をしたがために…
そもそも、自分のような厄介な性格でなければ、たとえば彼の親しい友人であれば、映画より買い物や遊技場を優先したはずだ。
元親の言葉が思い出され、苛立ちと焦燥も顕著になっていく。
とにもかくにもそこを離れ、昼時だったのでレストラン街に入った。…が、想像を絶する混雑振りで、どの店も長蛇の列。あれでは、入れても落ち着けない。
さすがの三成も、内心落ち込んできた。こういう場でリードするというのが、こんなにも困難な道であったとは。
「あっ、あちらは空いておりまする」
「何…?」
幸村が示したのは、ファーストフードの出店。「そうするか」と三成も妥協する。
三成は飲み物と最も少ないサンドイッチを、幸村はスムージーとフルーツ杏仁を注文、外の噴水の前で座ることにした。
食事が始まると幸村の顔も和らぎ、三成の胸中も凪いでくる。
「いつもは『食べろ』と、しつこく言うくせに」
「朝、食べ過ぎましてな…」
幸村は恥じらい笑い、
「ふぅ…生き返りまする!甘いものが欲しくて」
先ほども、ジュースをあんなに飲んでおきながら。三成はからかいたくなったが、映画を彷彿させそうなので止めた。
中の熱気に比べたら、外は天国のような快適さである。幸村の頬の赤みが薄らいだ頃、二人は遊技場へと向かった。
![](//img.mobilerz.net/sozai/1645.gif)
今日は厄日なのか。ボーリング場も大混雑で、レーンは一杯だった。
これほど世の中を呪った日はない。三成の眼光は鋭くなり、行き交う客たちを怯えさせるほど。
が、ビリヤード台は空きがあり、「今日はこちらだけ致しましょう」との幸村の言葉に、幾分かはマシになる。
しかし彼のそれに気付けば、三成はまた己への嫌気が湧いた。幸村は、どこかホッとした顔を見せたのだ。
自分とのボーリングなど、想像でも盛り上がりに欠けたのだろう。自身でも、よく分かる。
(…だが、こちらなら)
学生時代に取った杵柄でもって、腕の見せどころである。
幸村はほぼ初心者、三成のレクチャーに大人しく見入っていた。
「やはり、難しゅうござるなぁ…」
「得意な力技ではないからな」
「ぬぅ…」
今度こそはからかってやれば、幸村の頬がにわかに膨れる。元々の童顔が一層幼くなり、三成は口元に手をやり余所を向いた。
幸村は『また笑われた』と思っているだろうが、三成が隠そうとするのは、それだけなのではない。子供や犬猫などを見ても、一切も湧かないというのに…
そんな彼の本心を知らぬ幸村は、恥を凌ぐためか、
「あっ、あの方すごいですなぁ。一人で」
「……ふん、あれしき」
「おお、三成殿も?」
他の台で華麗な技を見せる客を褒められ、三成の闘争心に火が点く。同じく三成が連続で決めると、幸村は座って眺め始めた。
「すっげぇー…」
「うまぁ…」
周りに人が集まるのも気にせず、黙々とする三成。幸村が褒めた客も意識しているようで、暗黙の勝負となっていく。
半時間ほど経ち区切りがつくと、幸村が三成の方へ赴いた。『どうだ、先ほどの技を見たか』と、心の中で胸を張る三成だが、
「すみませぬ、着信がありまして…」
「…あぁ、分かった」
幸村は頭を下げ、ケータイを手に、入口近くの静かな場所へと向かう。その背は人だかりに飲まれ、すぐに見えなくなった。
(邪魔者めが…)
と当然湧くが、『優しくしろ!』も頭を掠める。気持ちの行き場もないので、引き続きビリヤードに打ち込むことに。
それから、幸村が戻るまでにはかなりの時間がかかり──しかも、見るからにその様子は変わっていた。
「真田」
「…あ…」
「ッ…」
彼の飲みかけの紙コップを渡したのだが、幸村は手を滑らせてしまう。とっさに三成が掴んだのでこぼれなかったが、幸村は目を覚ますように顔を振り、「申し訳ござらん」と受け取る。
「何か…あったのか」
「いえっ、何も」
持っていたらしいハンカチで、額の汗を拭う幸村。空調はちょうどよく、爽やかな室温であるというのに。
「…そろそろ帰るか」
「そ、ぅですな。今なら、道も混まぬでしょうし」
実のところは、『もう少し…』と返るのを期待していた三成。が、これはどうも遠慮ではないようだ。
まだ夕方前だったが、二人はモールを後にした。
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