続・愛しの御主人様4
幸村が大きく頷くと、ケイジは大喜びで彼の手を引っ張る。
どちらかの部屋に行くのだろうと思いきや、
「!?あ、あの…!?」
「早く早くっ!」
幸村の驚きをものともせず、ケイジは手招きする。
──浴室の洗い場で、一糸まとわぬ姿で。
『ケイジ殿御乱心…!』と混乱する幸村だったが、
「幸村のシャンプー、すっげー久し振り!」
(……ああ!!)
そういうことか、と力が抜ける幸村。…ついでに、同性といえども、ちょっと目のやり場に困る。
それを避けるため椅子に座らせ、背後からシャワーを流し始めた。
「かゆいところはございませぬか?」
「ここー。…うんそうそう、あーきもちい〜…」
「はは…人だと聞けまするので、某もやり易うござる」
「犬んときも気持ち良かったよ?してもらえるだけで嬉しかったし」
「そうでござるか…?」
幸村は笑みながらも、
(あぁ、やはりケイジ殿は良い子でござる…っ!!)
思いきり抱き締めたい(今の体格差では、しがみつく図にしかならないだろうが)衝動を抑え、幸村は丁寧に泡を洗い流していく。
「終わりましたぞー?」
「ありがとー!はいっ!」
「はい?」
渡されたスポンジに、目を瞬かせる。
まさか、
「どっちからが良いかな?やっぱ、このまま背中から?」
「……そ……う、ですな。こちらから…で」
(そうか、犬のときは全身……)
ボディーソープを泡立たせ、広い背中をしゃこしゃこ…他人の背など流したことがないので、やり方はどうなのか…
「ケイジ殿、いかがで…?」
「うん、きもちーよ?もう良いかな」
「…っ!!」
くるっと身体を反対に向けられ、思わずひるんでしまう幸村である。彼が人間になった日は、それどころではなかったので…
しきりに視線を上げ、見ないように努めながら腕を洗っていく。
元親は『男同士だろ、遠慮なくしとけ』と言うが、幸村はあまり見られたくない派というか、それで他人へも失礼になる気がするのだった。
胸元や首筋に触れるときはためらったが、ケイジは至って平気そうだ。自分とのあまりの違いに、幸村は溜め息が出そうになる。何故、あんなにも弱いのか…
(…鍛え方の問題だろうか)
逞しい身体を眺め、つ、と脇の腹を指でなぞる。
「はは…っ、こそばいよ」
「(…あ、)」
良かった、ここは誰しも同じか。
少しだけ安心?していると、「あとは自分でやるから」と礼を言われ、幸村は脱衣所へ上がった。
「ドライヤーも久し振り〜。ありがと、幸村!」
「いえ、これしき」
ケイジの髪を乾かしブラシでとき、幸村は心の中で『ふぅ』と一息。綺麗な髪なので、犬のときより力が入ってしまう。身体を洗うのは、精神的労力の方が大きい気がしたしで。
(こちらが仕える者のようだ)
いや、今は飼い主とペットの間柄だとは思っていないが。(そもそもペットに敬語からして違うのだが、これも幸村は自覚なし)
「じゃあ、もう寝る?」
「そうですな、そろそろ…」
「幸村の部屋の方で良い?」
「──…」
(一緒に……)
寝たのだ、そうあの日にも。
そして、あれからは一度もなかった…。
……………………………
「幸村あったかいねぇ、やっぱり」
「ケイジ殿も…」
「ほんと?俺毛皮なくなったけど」
「…以前よりも温かい気が致しまする」
そりゃ嬉しいやと、ケイジは幸村を抱く腕に力を込める。
すっぽり包まれ、それが彼の体温だけではないとも気付いていた幸村だが、言えるわけがない。
「人間はしないのに、ありがとな?やってくれて。今日で『卒業』するから」
「え…?」
「ごめん。俺もう犬じゃないのにさ、あんなの…やだったろーに」
そんな、と否定する幸村に、ケイジは「ありがとう」と笑むと、
「今日、女の子と盛り上がってたろ?あの子の犬、今度見に行くって。…ちょっとだけ、戻りてぇなとか思っちまった」
「あっ…、れは…ッ」
ケイジの寂しそうな口調と台詞に、幸村は今度は違う意味で胸を掴まれる。
「違うのです、あれは成り行きで──比べたわけではありませぬ!犬は、以前のケイジ殿以外に飼うつもりはござらん…っ」
「…ほんと?」
「信じて下され!…それに、某も似たようなことを思っておったのですぞ?ケイジ殿、最近ねだらぬと思えば、他の人に撫でてもらっておったのだな、と…」
(あっ…)
ケイジは慌てて、
「本当は、幸村に一番撫でてもらいてぇんだぜっ?けどほら、やっぱ元々人に頭撫でられるの好きだからか、酒飲んだときとか、つい…」
「あ、いや、怒っては…ッ」
しょぼんとなるケイジに、今度は幸村が焦る。
「すみませぬ、某が悪うござった…二度と寂しい思いはさせぬと約束しましたのに。結局、家でも遠慮をさせておるし」
「違うよ、悪くない……けど、今日だけ特別でお願いしたいなぁ、とかさ?」
優しく、また明るく冗談のように言うケイジに、幸村の胸はまたもや突かれてしまう。
ここは浴室ではないのだと、彼の身体を強く抱き締めた。
「っ…?」
「今は、二人だけでござる。思う存分甘えて下され……ケイジ殿の、望むままに」
「──……」
夢のような言葉を賜ったというのに、ケイジはぎっしりと固まっている。
(幸村……)
…が、とてつもなく、見たこともないほどに可愛くて、理解の許容を超えた。
ズキリと痛み、熱が生まれる。
「ケイジ殿…?」
「…っ、ゅ…き…」
もしかすると、このまま死ぬのかも知れない。そのくらい痛くて千切れそうで、ケイジは恐怖した。
幸村に甘えられるのも、本当に最後になるかも。それなら、彼の言葉に甘えて存分に、
「…んっ……」
──ああ、やっぱり甘いなぁ。
幸村の唇を食み、あの日のように軽く歯を立て甘噛みする。前と違い意識があるからか、呼気がよく伝わり温もりも感じられた。
頬や首筋と同じく、舌先でつついたり撫でたりし、返る弾力に夢中になる。
甘くて幸せな気分で一杯になったが、手遅れなのか痛みは引かなかった。
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