僕らの夏休み(後)-3
「元親殿は、甘いものはそうお好きではございませぬよなぁ…」
「んだ?急に」
「…何か、ご馳走したいと思うのですが」
「あー?いーって、んなの」
その反応を予想していたらしく、幸村はムムッと、
「元親殿も、よくされておられるではないですかっ?某も『オゴリ』とうござる!」
「…な、キレ気味にされても」
「そうではなくっ…某は、ただ…」
ただ、言葉以外のお礼もしたいだけで。
ここに来るきっかけを作ってくれたのは、彼であるからと。
(──バレてんだろな……)
良い場所を紹介してくれるダイビングショップ探しに始まり、予約後にメンバーのスーツのサイズ確認・店への伝達(体型の詳細も)、バーベキューの予約と続いて、
電車の時間調べ・チケット取り、日帰りにできるよう試行錯誤したが上手くいかず、最後には家康に気軽に泊まれる宿(彼の親戚の家)の紹介を、頼み込んだ…
これらが、案外骨の要る作業だったということを。
(そんなの、何ともねぇってのに…)
楽しいレジャーのためなら何のその、しかもそれで笑顔が増えるなら願ったりである。
だが、ここはこの幸運に乗っかることにし、元親は「ありがとな」と、幸村の頭を軽く撫でた。すると彼の表情も和らぎ、笑みが戻る。
「何が良うございまするか?」と、ワクワク顔で問われ、元親は心を決め、
「食いもんじゃなくても良いか?」
「無論にござる。では…」
「…じゃ、休み中のいつでも良いからよ、ちょっと付き合ってもらいてぇんだが…」
「店でござるか?」
そこに欲しい物があるのだろう。そう幸村は察するが、
「いや、行き先はまだ決めてねぇ。あと、これ極秘な」
「はっ?」
幸村が唖然とするのも当然である。
しばらく仕掛け花火が上がらないのをチャンスとばかりに、元親は暗闇に赤面を隠すと、
「…お前と二人だけで、どっか行きたい。……それが一番嬉しい。……っす…」
動悸は嵐と化していたが、『とうとう言ったぜ!』という達成感を柱に、元親はとにかく真っ直ぐ立とうと努める(精神的な意味で)。
こんなことで自失していては、当日は何もなく終わってしまうに違いない。
それに、この一世一代の言葉も、どうせ彼のことだから、
「そのようなもので、本当によろしいので…?」
この上なくキョトンとする目は、元親の全くの予想通りで、むしろ安堵に見舞われた。
「…オゥ」
「しかし…」
「?」と首をひねり続ける幸村に、元親は『ハッキリ言わなきゃバレねーだろ』と、
「皆でいんのも面白ぇんだけどよ、俺はお前と一緒にいるときが、一番……好きなんだ。…今日は、まぁ無理だろうとも思ってたが、全然だったからな。ちーっと寂しかったっつーか…」
言う内、『何か、こっちのが恥ずかしくねーか?』と後悔に襲われた。
だが、
「笑ってんなよ…」
「──笑ってなどおりませぬ」
噛み締めておるのです、と幸村は手で口を覆い、親指と人差し指で頬を挟む。しかし、元親を見上げる目は、下から押し上げられ弧を描いていた。
「…元親殿のそのような言葉は、初めてお聞きしましたゆえ」
「これも、ぜぇっってぇ言うなよ、あいつらには」
特に元就、いや佐助にもだと、きつく強調しておく。しかし、彼ほどそう言われて口が固くなる者はいないので、その心配はほとんど必要ない。
そろそろ戻るか!と腰を上げれば、幸村は照れ隠しだと思ったようで、「はい」と言いながら未だに忍び笑っていた。
「おっ…、と」
「気ぃ付けろよ」
「す、すみませぬ」
花火の光が減ったせいもあり、辺りの暗さは深まっている。
つまずきよろけた幸村の腕を、元親がサッと取ってくれた。
「元親殿?」
「そこ降りるまでな。またやりそうだしよ、お前」
「…先ほどのは、石が」
「だーから、見えてねぇっつーことだろーが?認めろっての」
元親は呆れ声に苦笑を込め、繋いだ手を軽く引く。
子供のような失態に情けなくなる幸村だが、周りは暗いし誰もいないしで、『構わぬか…』と切り替えることにした。
大きくて温かい手は、足元の覚束なさだけでなく、心にも安心感をもたらしてくれる。
「昔を思い出しまするなぁ」
「…おー」
(俺がお前と手を繋げられたのは、過去一回だけだけどな…)
あの我の強い幼なじみたちの前では、一度あるだけでも奇跡だ。初めて出会ってから直にそんな年齢ではなくなり、幸村が忘れていても無理のない話である。
しかし、過去より未来。
自分にも、可能性がないわけではない。現に、こうして大いなるきっかけを掴めたのだから。
「……?」
「何でもねぇよ。それより、どこにするか考えとけ?お前の行きてぇとこにすることにしたわ」
「えぇっ?」
いつの間に、と幸村は呆気にとられつつも、
「どこでも…」
「おい、そりゃねーだろ」
元親は顔を渋らせるが、彼は苦笑し、
「ですから、某もどこでも良いのです。元親殿と同じように。……違いまするか?」
最後の言葉だけ少し不安げに言う幸村の、その手を掴む力が強まる。だが、返った反応ですぐに気付き、元親はそれを離した。
「…じゃよ、二人の行きてぇとこ、どっちも行くってのは?」
「それは良うござるな!もし一日で無理そうであれば、二日かけて行けば…」
「(うぉぉぉ、マジかぁ!?)…まぁ、最終そうするしかねぇよな。(──んっ?つーこたぁ、…泊まり?ぅお泊まりぃぃ…!!?)」
まさかの提案に、元親の候補の場所が遠方に絞られたのは、至極必然であった…。
「遅かったじゃん、旦那。…あれ、親ちゃんも?」
「途中でお会いしてな、そこで見ておった。佐助、少しはやったのか?」
「うん、割と。(じとー…)」
「な、何だよ…(汗)」
「Ha!Hey hey hey…元親だぜ?」
「所詮は元親よ(鼻で笑)」
「…だよね〜、親ちゃんだもんねー?」
気にする必要ないない、とせせら笑う三人。
(俺の、長年に渡る努力=我慢も、無駄じゃなかったな…)
安全牌だと思われている内が花。元親は引き続き隠し、頭の中ではデートの計画を開始していた。
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