僕らの夏休み(中)-4



「元就殿?」
「いや…」

元就の(ごく控えめではあったが)思い出し笑いに、目をぱちくりさせる幸村。


「お前と初めて会ったときのことが、ふと浮かんでな。その日も夕焼けで…」
「ああ…」

幸村は頷くと、「まこと見事な夕焼けでしたなぁ、あれも」


「──覚えておるのか?」
「ええ、もちろん!」

満面の笑みを向け、幸村は、


「元就殿に話しかけたくて、こっそり後を追っておったのですから」




「……そう言えと、命じられたのか?」
「え?」
「政宗…それとも佐助か?何のゲームの罰ぞ」

「罰……」

ああ、と幸村は笑い、「違いまするよ、事実でござる」


「──…」

そして、結局は止まってしまう元就だった。



「図書館でずっと真剣に本を読まれておったので、なかなか話しかけられませんでな。某、その内居眠りをしてしもうて。慌てて飛び出すと元就殿の背が見え、とにかく走って…」

「そう……で、あったか」

元就は、未だ内心ぎこちないまま、「しかし何故…」

思いもよらずの質問だったようで、幸村はキョトンとすると、


「教室で元就殿を見て──いた記憶しかございませぬ。何分昔ゆえ…夕焼けのことは、よく覚えておるのですがなぁ」


(…それは……)


首をひねる幸村だが、元就の心は、まばゆい日輪の光で満たされていく。
だが、現実の陽は水平線の下へ沈み、空も夕闇色へと変わっていた。

蝉の鳴き声も波の音も、いつの間にか静かなものへと。



「元親殿、遅いですな…」

振り返ろうとした幸村を止め、元就は掴んだ彼の肩を引き寄せた。


「元就殿?」
「髪に、何か付いておる」
「え、」

取ってくれという意思表示をし、幸村は元就に頭を預ける。
どうやら後ろ髪のようで、彼は幸村の正面から腕を回し、毛先を持ち上げた。


(…某が後ろを向いた方が、やり易いのでは)


しかし、もう髪を探られ始めたので『すぐ終わるだろう』と、大人しく待つ。
幸村の視界は元就の身体で覆われ、先ほどのボディーソープの良い香りが鼻腔を掠めた。



「取れましたかな…?」

ああと答えるが、元就はそこから離れようとしない。

他にも付いているのだろうかと目を動かす幸村の、今度はその前髪に触れると、



「…ぁ……」
「………」


シルエットが重なり、柔らかな静寂が二人を包み込んだ──













「……と、なるはずであったのに」

元就は静かに立ち上がると、


「覚悟はできておろうな…?」


幸村の前で大サービスだった、あの甘く優しい表情と雰囲気──は、ただ今をもって直ちに閉店した。
入店叶わなかった最後の客とは、


「元親殿、遅かったではござらぬか!今様子を見に行こうと」

心配しましたぞ!と、幸村は軽く責める笑みを向けるが、


「…や、俺ずっとそこいたっす……お前ら、何か二人の世界だったもんで。(いつものことだが)」

けどよ、と元親は唸ると、

「ありゃねーだろ、元就よぉ…(見られでもすりゃ…)」

インストラクターの方を見るが、彼は離れた岩の上で寝そべり、まだケータイを扱い中だ。


「なるほど、案じてのことであったか。すまぬな、我の考えが到らず。では場所を変えて」
「わーったわーった!俺が悪かった!でもお前、何も言わねーで無理やりってのは、いかがなもんだろう!?」

「わざわざ事前に、『今から致すが構わぬな』とでも尋ねよと?」
「それももう半強制的…つか、許可取る気ゼロじゃねーか」

「お二人とも…?」

幸村は、不思議そうに彼らを見比べるが、


「ああ気にするでない、いつもの戯れ言よ。一人で孤独であったらしい」
「おまーなぁ……つか幸村、」

元親は顔をしかめ、

「お前も、いっつもこいつに騙され過ぎなんだよ。何でもかんでも鵜呑みにすんなって。あっさり目ェつぶりやがって…」

『俺がいなきゃ今頃』と、元親は再度元就に渋い顔を向ける。


「我は言うておらぬ。であるから、無理強いどころか逆であろうが」
「へーへーへー、じゃーコイツが自分から閉じたって?ハァー?」
「我でなければ決まっておろう」

そう元就が目をやれば、幸村は至って普通に「そうでござるが?」と答えた。


「そら見ろ、そう──…あァ!?」

元親の目は飛び出るが、


「それが『礼儀』だと…」

「じゃ、お前…(マジだったんか…)」
「幸村、それは誰に?」

さすがは聡い元就、幸村の行動が自分の望むそれではないと、初めから分かっていたらしい。元親は、ショックで茫然としたままだが…

「ぇ………ほ、本に…」
「本?(恋愛もんか?…え、コイツが?)」

「す、水泳の──潜水のタイムを伸ばすコツ…でしたかな?呼吸法だとか…」


「……はぁ?」
「………」

その反応は当然だろう。
が、幸村は「あっ!」と背後に目をやり、


「着いたようでござる!」

某も加勢に!と、上の道の方へ駆けていってしまった。
見れば、確かに彼らの声が近付いてくる。



「呼吸法だ……?」


(人工呼吸のことか?)

しかし、話の繋がらなさに首をひねる元親。

そんな彼は無視し、幸村の背を追っていた元就の目に映るのは、荷物を抱えこちらへ向かってくる他の五人。…それぞれのやり方で、彼をチヤホヤしながら。



(…さて。どれがその『本』とやらであるのか……)


見定めるように、鋭く光る二つの瞳。
だが、まずは「順序は正しくあらねばな」と、冷静な判断を下す。


「……」

肩に手を置かれ体温が一気に下がるが、愛のために悔いはなし。
男らしく、そう覚悟を決める彼であった。







‐2012.8.23up‐

後編へ続きます。(次ページからも進めます)

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