僕らの夏休み(前)-7
ゲーム開始から二十分も経たない内に、二三人鬼が交代した模様。
幸村はまだ捕まっておらず、離れたところで叫び声や笑い声を聞き憶測するのだが、今誰が鬼なのかまでは分からない。
「!?」
いきなり足が下に引かれ、幸村は声もなく水中に潜らされる。鬼か、と諦めたが、
『…政宗殿?』
『Come on、幸村』
示され、彼についていくと、
「ぷはっ!──驚くではござらんか!」
「シー!声響くだろ」
「はぁっ?……っ!?」
そこで、幸村は周りが暗いことに気が付く。しかし、これは闇なのではなくて、
「ここは…」
「洞窟みてぇなのがあったろ?そこの、さらに奥んとこ」
「……ほわぁ……」
間の抜けた声が出たが、無理もないことだと思った。
出入口らしい小さな半円形の穴からは、かすかな光しか入ってこない。だが、この洞窟内には充分で、照らされた海の水が、天井の岩の上にゆらゆらと映る。
上も下も光輝く蒼の空間に、二人だけが静かに浮かんでいた。
「すごいですなぁ…」
「ここなら、ぜってぇ見つかんねーだろ。お前がデケェ声出さなけりゃな」
「っ、…確かに」
幸村は声をひそめ、口に手を当てる。
「…ということは、政宗殿しかご存知ないので?」
「That's right。誰にもゆーなよ?ま、今日が終わりゃ、言ったってしゃーねぇけど」
「しかし、また来られるかも知れませぬぞ?本当に良い場所で、皆気に入っておるようですし…」
幸村は笑顔で、「ですから、言いませぬよ。二人だけの秘密でござる!」
(……マジか)
実は、その台詞は自らが言おうと思っていた政宗。出鼻をくじかれ、心が乱れるが、
「…Ahー…良いな、その響き」
「秘密基地のようで、わくわくしまする」
「Hey…せっかくromanticな場所だってのに、雰囲気壊すようなこと言うなよ」
「秘密基地は『男のロマンだ』と、言われておりませんでしたか?」
「そりゃ元親だろーが」
ああそうか、と幸村は納得するも、自然的な意味での『ロマンチック』としか理解していない。
「……!」
「(シッ、静かにしてろ)」
外で遠い人の声がし、気配を消す二人。…が、すぐに何も聞こえなくなった。
「ここを見つけられる前に、そちら側に移りませんとな。いよいよ窮地に立たされたときの話ですが。気付かれぬよう洞窟を出て、鬼の気をそらせば…」
「Ahー、だな。潜水の練習しとくか?」
「はい」
二人一緒に潜り、浮かないよう下の岩などを掴むと、向き合った状態で…
──耐久戦へと変わった。
仲は良いが、二人は幼い頃からのライバル同士。泳ぎでも飽きるほど勝負したというのに、一度火が点けば決して勝利を譲ろうとしない。
驚異的な肺活量で、長い時間牽制し合う二人だが、
(〜〜…っ)
(Ha、どうやら俺の勝ちみてーだな?)
(まっ…、まだむぁだぁぁ!!)
(ッ、っおい、もう無理すんな!)
(政宗殿こそ、顔色が悪うござるが?)
(お前だろ!真っ青な顔しやがって)
真っ青なのは、周りがその色なのだから当たり前だ。…聞こえないのに意思の疎通が図れるのは、ソウルメイトたるゆえんのものなのだろう。
(うっ、ぬっ…っ)
(も、give…)
(っ!!)
政宗が口端から小さな泡を漏らし、岩から手を離す。
それを見て、幸村も一気に上がった。
「ぶはぁあ!!ぜぇっ、ぇは…っ!…っ!」
しばらく喘鳴し、呼吸を整える幸村だったが、
「政宗殿…?」
──彼の姿がない。
(…まさか!?)
急いで再び潜ると、政宗は元の場所にまだいて、
(俺の勝ちだな!)
そう左目で言うと、ニヤリと唇を歪めた。
両瞳を広げ、それに釘付けになる幸村。
政宗はスッと近付き、彼のすぐ目の前に顔を寄せた。
唇が掠めそうな位置に同じものを持ってこられ、あまりの至近距離にギョッと瞬く。
触れた──?と、思った途端、
(うぁ!?)
大量の泡が顔面に当たり、幸村は思わず目をつむる。が、すぐに開けると、政宗はもう上がっていた。
…泡は、彼が幸村の顔に勢いよく吐いた、最後の息だったらしい。
「政宗殿、何を…!目眩ましとは、卑怯な!」
即抗議する幸村だが、
「いや、んなつもりじゃ……ちょ、ビビってよ」
わざとじゃねぇ、という政宗の小さな呟きに、『あれっ?』と拍子抜けさせられた。
彼は、どう見ても幸村をからかうような様子ではない。口元に手をやり、しきりに戸惑っている。
「いかがされたので?」
「…やー…、お前はまぁ(鈍いから)、そう反応すんだろーけど」
政宗は周りをキョロキョロすると、
「てっきり、あいつが邪魔しに来るもんと……今まで、一度も抜かったことねぇのに」
「あいつ?」
「…こんなこともあるんだな」
「???何がでござるか?」
政宗の驚く顔に、幸村の疑問符は増える一方だ。
「OK……じゃ、お前にちゃんと教える意味も兼ねて、もっぺんやってみっか!今度は水ん中じゃなく、ここでよ」
「もう一度?」
何を?と、小首を傾げるばかりの幸村。
政宗は幸村の肩に手を乗せ、もう一方の指で顎を軽く掴む。
「政宗殿?」
「幸村、お前俺のこと好きか?」
「…はいっ?」
何を突然、と面食らう幸村だが、「無論でござるが…?」
政宗は、意外にもひどく優しげな顔で笑むと、
「俺もだよ」
(は…)
端整な顔を寄せられ、またもポカンと見上げる幸村。
「…あのよ、ここまで近付きゃ目をつぶれ。それが礼儀ってもんだ」
「礼儀?」
「まー、決まりじゃねーけどな。今は、そっちのが助かる」
「(…では)」
幸村は、素直に目を閉じた。
これらの行為が、あの超人的な潜水とどう関わってくるのか。(その秘密を教えてくれるのでは、と結論付けてみた幸村)
早く知りたいと焦れながら、静かに待つ。
青白い光を浴び、幸村の濡れた唇がきらきらと光った。
「…やっぱ、違うか」
「(え?)」
「Jokeだよ。目ぇ開けていーぜ」
「はぁ…?」
幸村は、今度こそ理解不能だったが…
「まー…あれだな。人間、欲出し過ぎりゃロクなことになんねーからな」
政宗は苦笑すると、
「さっきので、今は充分だ。楽しみは、…Ahー…、Guamんときまでとっとくとするわ」
よく知る顔で笑った後、幸村の頭を軽く弾く。
そうされても、幸村の疑問はちっとも解消されないのであるが、
(…やはり、政宗殿は二人だけになると、どこか優しくて…)
──何故か、破廉恥なことをあまり言わなくなる。
どうしてなのだろうと思いながらも、久し振りにその姿を見られて幸村は喜んでいた。
その顔に政宗はまたも惹き付けられ、今回も、幼少の頃からの繰り返しを自覚なしにやっている二人なのだった。
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‐2012.8.23up‐
中編へ続きます。(次ページからも進めます)
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