僕らの夏休み(前)-5
「うぅ…お恥ずかしい」
「い、いや…っ、すまん…!」
ひとしきり明るく笑いきった家康は、そう謝ると、
「ワシが、もっと軽ければ良かったな」
「考えが足りず…」
「そんなことはない。…真田も、お父上にされて大層喜んでいたんだろうなぁ」
と、彼特有の優しげな笑みを浮かべる。
「父は、『浦島太郎ごっこだ』と」
「なるほどな。──よし、じゃあ礼だ」
「…おぉっ!?」
今度は逆に家康の背に乗せられ、幸村は慌てて、
「家康殿、危のうござる!」
「大丈夫さ、真田は軽いから」
「し、しかし…っ」
ヒヤヒヤするが、先ほどと違って、家康は無理なくすいすい進む。幸村も、恐る恐るではあるが、徐々に力を抜いていった。
ある程度スピードがある方が良いらしく、乗っている方はかなり快適な心地だ。
「うぉぉぉ…!──はは…っ、これは楽しゅうござる!本当に浦島気分ですぞ!」
「そうかっ?それは良かった!」
「っ、あ!」
急に家康が潜水し、幸村もそのまま海の中へ。さすがに背からどくと、家康に正面から手と身体を支えられ、水中でニッコリと笑みを向けられた。
『戯れであったか』と軽く睨み、仕返しとばかりに腕を掴もうとしたが、するりと避けられ一緒に浮上する。
「家康殿…っ!」
「隠れたかったんだが、場所がなくてなぁ。すまない」
「え?……ぁ」
首を傾げた後、近付いてくる二つの波しぶきに幸村も気が付いた。
「こんなに綺麗な海なら、竜宮城だってありそうだな。…もっと、浦島の気分にさせてやりたかったが」
「いえ、本当に楽しゅうござった!ですが、家康殿には亀気分しか」
幸村は面目なさそうにするが、
「いや、どちらかと言えば乙姫だったかな…」
(…しかし、ワシが彼女なら、玉手箱なんて絶対に渡さないがな)
一度手に入れた彼と、その時間を手放す──勿体なさ過ぎて、できるわけがない。
「お、乙姫…でござるか?」
「はは、冗談だ」
そんな夢物語な抱懐は決して外に出さず、陽を浴びた家康の笑顔は、いつも以上に眩しかった。
「家康、貴様ァァ!!今すぐ真田から離れろォ!!だが、問答無用で斬る!!」
「早かったなぁ、三成。政宗、どうする?」
「ぜぇってぇ認めねぇ!石田ァ、もっぺん勝負だ!」
「五月蝿いッ!さぁ言え、家康!一体何を企んでいた!?」
「何もないさ。お前たちがあんまり遅いから、退屈で遊んでいただけだ。なぁ真田?」
「そうですぞ、待ちくたびれるところでした」
「私の目は誤魔化せん。…行くぞ、真田」
「は……えっ?勝負は!?」
「家康にも差を付けられぬ者など、初めから私の敵ではない。何度しても同じことだ」
「…んだと?」
気色ばむ政宗だが、
「オォーケェィ!んじゃ、まずはこいつからギッタギタにして、後でよぉーく教えてやるぜ…誰が真のナンバーワンなのかってな!首、念入りに洗っとけよ!You see!?Haーhaa!!」
(…本当にポジティブだなぁ、政宗は)
そんな彼を見ていると、いつも元気付けられる家康。
政宗の方は完全に殺気立っていたが、家康は密かに感謝しながら、真剣勝負に身を投じるのだった。
幸村たちが戻ると、浜辺ではビーチバレーの試合が行われていた。
珍しいことに佐助vs元就で、元親は審判役。(二人一組の基本ルールは無視)
インストラクターたちは、彼らのパラソルの中で休んだり海に潜ったりと、それぞれ自由にしている様子。
「どちらが勝っておるので?」
「取っちゃあ返されの、ずーっとほぼ同点。いつ決まんだか」
元親は照りつける日射しにもげんなりしているというのに、選手二人は涼しい顔で笑いながら打ち合いを展開していた。ただし、その笑顔は双方本物であるわけはないのだが。
しかし、集中力はかなりのものであるらしく、二人とも幸村たちの姿も見えていないようだった。
ふん、と鼻を鳴らし、三成はパラソルの中で飲み物を口にする。一方、幸村は浜辺にいたインストラクターのところへ赴き、親しげに会話をすると、
「三成殿、少々お頼みしたいことがあるのですが」
「何だ…?」
訝しげに問うが、三成は拒否せず一緒に浜辺の端の方へ移動した。
「貝殻を拾って頂きたいのでござる」
「貝殻?」
はい、と幸村は頷くと、落ちていた白くて平たい綺麗なものを一つ取り、
「このように大きなものは、飾りにできるのだと。ほら、店にも売られておりましたでしょう?」
彼が言っているのは、自然貝やビーズで作られた、モビールやオーナメントのこと。他にもストラップ、ブレスレットやネックレスなどのアクセサリー類も売られていた。
「自分の好きなものを集めて渡すと、作ってもらえるのだそうです。写真のCDと一緒に、送って下さるそうで」
「…欲しいのか」
あんな物が?と、三成は不可思議な気持ちで一杯になるが、幸村は決まり悪そうに笑い、
「竹中殿ならば、気に入って頂けるかも知れぬと思い…大谷殿も、『土産は波の音が聴こえるものを』と仰られて」
「………」
もちろん、吉継は幸村をからかって言ったのだろうが。
三成の頭の中に、自身の兄のような存在である、秀吉・半兵衛・吉継ら三人の姿が浮かぶ。
『ありがとう、三成くん。とても綺麗だよ(ニコリ)』
↑イメージ代表。
「──真田、これとこれとこの色を重点的に探せ。白は大量にある、まずはそちらから優先しろ」
「おぉっ、綺麗な色ですなぁ!」
「半兵衛様は、華美な装飾品は避けられる…ゆえに、小さいものの方が良い」
「なるほど、承知にござる」
「秀吉様の御手には、ある程度の大きさがあった方が映えるはずだ。刑部は、根付けの方が良いか…」
「某こちらを探しますので、三成殿はそちらをお願い致しまする!」
二人は膝を着け、砂浜とにらめっこを始めた。
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