僕らの夏休み(前)-4
ところ変わって、こちらは一見すると上級ダイバーを思わせる動きで潜っている四人組。インストラクターは、すぐに寄れる位置で彼らを見守っている。
(海は、キレーで最高なんだけどなー…)
聞こえはしないが、内で盛大に溜め息をつき、慶次は後方をぼんやりと窺う。
あちらの平和な世界では、皆で仲良く満喫中らしい。足ひれの色で誰が誰か判別できるので、どういう状況なのかもよく分かった。
今は元就が幸村の手を取り、大きな岩陰へと導き示している──何か、珍しいものでも発見したのだろうか。先ほどは三成が同様の行為を、そして元親なんかは、幸村から抱き付かれて?いたような…
(慶ちゃん、何ボーッとしてんの。早く撮れって。逃げちゃうでしょーが)
(ああ──はいはい、スンマセン)
向こう側に吸い寄せられそうになっていると、横から軽い膝蹴りが入る。
せっかくカメラを気にせず潜れると思っていたのに、佐助に捕まってしまったのが間違いの始まりだった。
まぁ、『こっちは生き物沢山撮って、旦那びっくりさせよーよ』という甘言に釣られた、彼自身のせいでもあるのだが。
(Hey慶次!こっち来い、今すぐ!さっきスゲェのいた!)
(え、おいちょ…)
(何すんのよ、慶ちゃんは俺様のバディなんですけど?)
(ざけんな、カメラは共同だろーが!)
(じゃっ、じゃあこれ渡すからさっ!俺は要らねぇよな?)
(や、使い方分かんねーし)
(立候補したんだろ?最後までやり通せや…)
(ぅわーん、俺もあっち行きてぇよぉぉ…)
(慶次、人気者だなぁ。両手に、は……いや、ハンサムだな?)
(家康ぅぅぅぅ、全っ然嬉しくねぇし面白くねぇぇぇ)
(泣くな泣くな、ワシも最後まで付き合うから)
(うっうっ、お前ってやっぱ良い奴…)
どうやら、慶次と家康の友情だけは一層深められたようだった。
……………………………
「皆、ホント仲良いなぁ。ジェスチャーだけで、よくあそこまで会話理解し合えるよ」
幸村たちが水面に上がると、インストラクターが感心したように笑って言った。
「いやーまぁ、ほとんどがガキの頃からの付き合いなんで」
元親がそう苦笑で返せば、幸村はまた嬉しそうに、
「そうなのです!特に佐助と政宗殿は『喧嘩するほど仲が良い』そのものでして、やることなすこと全て同じで、」
「本当にな。四人とも夢中で楽しんでおるようだ。邪魔をせぬようにせねば」
「そうですなぁ」
「「………」」
幸村は、未だに元就の微笑の違いに気付いていない。だが、思うところがありそうな元親と三成も、今は彼の意見に賛成である。
「じゃあ、こっちは先に引き上げて、そろそろ昼にしようか」
午後からは普通に海水浴、夜はバーベキューの予定の彼ら。夜に備えてまた運動をしておいた方が、尚美味しいのは明らかだ。
揃って良い返事と笑顔で応えれば、『見た目は派手だけど、良い子ばっかだなぁ』と、インストラクターは再び誤った印象を持たされていた。
昼食は、軽くおにぎりなどを摘まむ程度で、午後からの遊泳に、幸村は真面目に準備体操から始める。
「旦那ぁ、日焼け止め身体にも塗んなきゃ。背中ヒリヒリになるよ〜?」
佐助が、日焼け止めを手にニコニコと近付いてくるが、
「ああ、もう塗ったから大丈夫だ!背中は、元就殿にして頂いた」
「エ゙ッ…」
瞬間、頭上にタライが落ちたようなショックに見舞われる佐助。見えないそれが、くわんくわんと地に転がった。
呆然と突っ立ったままになった彼を、元親が仕方なくパラソルの中へ運ぶ。
そのチャンスを逃すはずがなく、「勝負すんぞ!」と、政宗が幸村の手を引き海へと駆けた。
「良いな!三成、お前もどうだっ?」
「…良いだろう、受けて立つ」
「そう来なくてはな!」
予想通りの展開だが、こうして好戦的な四人はバトルフィールドへと就いた。
「カメラマン、しっかり撮っとけよ!」
「はぁい…」
口を尖らせながらも大人しく付き従い、慶次は浅い場所でカメラを構える。
沖の方に小さな岩島があるのだが、そこをゴールや中間地点にし、それぞれ競い合う四人。
その内、「チーム戦にしよう」という提案が出て、政宗と家康、幸村と三成のペアに分かれて対戦することになった。
島でペアの片割れが待ち、相棒が到着したと同時に、今度はそちらが浜辺へ戻るルールだ。
政宗と幸村、家康と三成は散々勝負したので、前半が政宗vs三成、後半が家康vs幸村に決まる。よって家康と幸村は、先二人のゴールまで島の脇にて待機である。
「全力で勝負だぞ、真田」
「もちろんでござろうっ!」
いきなり勝敗がついてしまうのもつまらないので、島まではゆっくり泳いできた二人。向こうの二人とは違い、いかにも健全なスポーツマン青少年で、非常に爽やかな雰囲気だ。
「………」
「………」
──三分経過。
「…なかなかスタートしませぬな」
「あれは…」
目を凝らして見ると、どうやら何かモメているらしい。平素から仲が良いとは言えない彼らなので、こちらの二人も慣れたものだが。
「気が済めば、その内始めるだろう。…じっとしてるのも勿体ないし、適当に泳いでいないか?」
「ですな、そうしましょう」
しばらく、お互い子供のように遊び、
「しまったなぁ……浮き輪も持って来れば良かった」
「浮き輪を?」
「ほら、あの動物や車の形をした、人が乗れるやつだ」
幸村は吹き出し、「幼子が使う物ではありませぬか」
家康も同じように笑うが、
「いや、大人が乗れる物もあるんだよ。真田、喜ぶと思うんだがなぁ」
「それは……まぁ、乗ってみたくもありますが」
一休み、と二人は島の岩肌に身を預けた。浜辺の様子は、依然変わらぬままである。
「そういえば、よく父にやってもらっておりましたよ」
「え?」
「試してみまするか?」
幸村は、いたずらっ子のように得意げな顔になると、
「さっ、真田っ?」
「しっかりと掴まって下されよ?」
家康を背に乗せ、すぃ〜と島の周りを泳いでみせた。
──が、
「がぼがべあばッ」
「さッ、さなだぁーっ!!」
うわぁぁ(慌)!と、沈んだ幸村を急いで持ち上げる家康。
「…あぅ…む、っお、…おか、しい……こんな、はず、では…っ」
「いや、正しい結果だよ真田…ワシと子供を一緒にしては駄目だ」
「うぬ……」
そうか、と理解したらしい幸村だが、その表情は悔しげで、また不甲斐なさそうでもある。
ホッとしたせいもあってか、家康は、それに笑ってしまうのを抑えられなかった。
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