理由は至って簡単2
「…あか、は……おん、なの、いろって……へんだ、って……みんな……」
信玄の前では、懸命にこらえていたのだろう。言う内に、涙も増えてしまったようだ。
「ぜんぜんへんじゃないのに……だんな、にあうし。ほかのおかあさんたちがさ、『おとこのこであかっていうのも、かっこいいね』っていってたよ?」
「…うそだ……」
「ほんとだって。あとさっきさ、へんなやつにあったんだけど、『あか、めだつなー!おれも、そっちにすればよかった』っていってた。そいつのランドセル、きいろだったんだけど」
(きいろ…)
幸村たちが買いに行った店も黄色はあったが、人気が低いのは一目瞭然だった。
良い色なのだが、子供社会においても、あまりに奇抜というか…
「しかも、きいろもう一人いてさ〜。それもおとこで、けっこういいやつぽかったよ」
「………」
幸村の嗚咽は、徐々に小さくなっていく。
「でね、もっとすごいやついてさ……おとこなんだけど、ピンクなんだよ?」
(それは、うそだろう……)
まだ俯いたままだったが、幸村の腹はくすぐったくなる。
…佐助の嘘があんまり分かりやすかったのと、自分を励まそうとしてくれる気持ちは、さっきからずっと伝わってきていたので。
幸村は涙を拭い、早く顔を上げようと努めた。
「うそじゃないって。あとで、ほんにんみせてあげるから。なんかね、『ピンクじゃねぇ!むらさきだろうが!』って、ギャーギャーいってたよ。すごいはくりょくでさ」
「………」
もしかして本当なのだろうか、と幸村の興味や好奇心は、むくむくと膨らんでいく。
もう涙は止まっていたのだが、つい、まだ治まらない「振り」をしてしまう。
信玄の前では割と聞き分けが良い子であるのに、佐助には甘えがちな幸村。
こういうときの佐助は、いつも以上に優しいので、昔からの癖になってしまっていた。
(もっとも、佐助がそれに気付いていることには、全く察せられていないのだが)
「おれさまがいっしょにいたら、あいつらにあんなのいわせなかったのに。…ごめんね、おそくなっちゃって」
「なんで…」
佐助がいたって同じことだったろう、と幸村は少しむくれながら、
「…おまえはいいじゃないか。みどりは、おとこのいろなんだから」
むっすり言うと、佐助は「あー…」と呟いた後、沈黙した。
(しまった…。おこってなどおらぬのに)
言い過ぎた、と幸村は焦り始めるのだが、
「じゃあ、かえっこする?おれさまのランドセルと」
(……えっ、)
てっきり、彼を怒らせるか落ち込ませるかしたと思っていた幸村は、楽しげなその声に驚き、素早く顔を上げた。
「やぁっとこっちみたー」
「…さ…すけ……」
幸村は、衝撃に固まる。
愕然と見開き、彼の姿に目を奪われた。
「…おまえ、……なんで……?」
幸村の頓狂な声に、佐助はクスリと笑うと、
「だれもいってないでしょ、『みどりにした』なんて」
くるっと背を半分回し、それを見せ付ける。
幸村のと、全く同じ色、同じ型の──
「………」
唖然としたままの幸村に、佐助は眉を下げ笑い、
「『おかまのふうふだ!』っていわれちゃった…ゴメン」
「なっ…」
幸村は、またもショックを受ける。今度は自分に対してではなく、佐助が侮辱を被ったことに。
(…さすけは、ああいわれるのをしってて……)
頭が良く、どんな知識も、幸村より数倍詳しい彼である。
だが、幸村がどれほど赤にしたいのかよく知ってくれてもいたので、『ならば』と、自分も馬鹿にされる道を選んで。
…彼を、一人ぼっちにさせないために。
赤なんて、めったに好んで身に着けようとしないというのに。
(…さすけ…)
幸村の胸はぶわっと温かくなり、口は大きく開き、今までの憂鬱が吹き飛んでいく。
ものすごく強くなった気にまで。
何が恥ずかくて怖かったのかも、よく分からなくなってきた。
佐助の手をぎゅっと掴むと、それを引かれ、かつ腰を上げさせられ、門の方へ促される。
振り向く佐助の顔は、いつものように優しく、幸村はもっと強く繋いだ。
「これさ、とーさんがかってきてくれた。おまもりだって」
「おお…っ!きれいだな!」
ランドセルの横に付けた、小さな巾着袋型の緑色のお守りに、幸村が顔を輝かせる。
「…だんなのぶんもあるんだけど、つける?」
「!!ほんとか!?つけたい!!」
その言葉には佐助の方が嬉しそうに笑み、いそいそと幸村のランドセルに付けてやる。
彼のと色違いで、当然のごとく赤。
「これなら、どっちのランドセルかまちがえないしさ…」
「では、ずっとつけておかねばな!ありがとう、さすけっ!」
「…うん」
照れた風に佐助が笑い、幸村が、その腕に両手を絡めるようにして抱き付く。
門へ入ると、彼の言う通り、黄色やピンクパープルのランドセルを持つ男の子たちは本当にいて、彼らと友達になると、自然と周りからのからかいは消えた。
(主に、佐助とピンクの彼の睨み付けが、相当効いたらしい)
他にも友人が多くでき、幸村と佐助の笑顔は、学校でも家でも消えることがなかった。
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