晴朗3




「だって、嬉しくてさ〜。『格好良い』ってことだよな?」

「ふ、普通にしていればの話でござる…今は、とても」

「目も当てられない?幸が嫌なら、頑張って治すけど」


「い、…」

幸村は、ぐっと詰まり、


「…ではなく……その……は、恥ず……」



ああ──だが、しかし…


その顔でなくとも、湧き上がるのは同じもの。

幸村の中の抵抗は、先ほどの力と同様、徐々に弱められていく。



「ごめんな?恥ずかしい奴で」

慶次は苦笑し、


「俺、すっげぇ不器用でさぁ…隠せねぇみてーで。そうしてたつもりが、お前にもお前への瞳見せてたし。こんなにでけぇ図体してんだけど、これでも全然足りねーの」

「……?」

幸村が小首を傾げると、慶次は、それにも心動かされながら、



「お前への愛。……を、入れとくにはさ」



と、それに対しては照れもせず、はっきりと言った。
(若干赤らめたのは、幸村の仕草のせいに過ぎない)



「──っッ」

あまりのあまりさに、叫びたいというのに、幸村はその力さえ奪われてしまう。


「『綺麗』とか『可愛い』とか…なるべく気を付けるけどさ。『好き』ってのと同じだから、時々は許してくれよな?…俺は嬉しいから、どんどん言ってくれて構わねーけど」

「っは……え、ぇっ…?」

幸村は、目を丸くするのだが、


「だって、前に『可愛い』って言われて、すっげー嬉しかったもん。それ言う幸が超可愛くて、もうどうしようってさ…バレねーように必死で──あ、まーた言っちまった」

ごめんごめん、と慶次は手を合わせる。



「……で、は…」
「ん?」

ポツリこぼれる一声に優しく聞き返せば、幸村は決したように、


「やはり、こらえないで下され……お、なじ意味であるなら、先ほど言ったように、…嬉しい、ので。某も…」


「(……あ…)」



“ …誰が、このように嬉しいものを拒みましょう… ”


あの言葉が浮かび、慶次の胸の熱は、即座に上昇する。



「…本当は、嬉しゅうござる…先ほどの顔も。恥ずかしいが、慶次殿がそうなのではなくて、某が…某も、…好、き…、だ…から、で、あって」

幸村は、力を振り絞るよう顔を上げ、


「嫌などとは断じて違い、嬉しくて誇らしくて、自慢したいくらいでござる。

…こんなにも大きく、多くのものを下さる方が、自分を好いてくれるだなんて。…こんなにも優しく暖かく、魅力的な人が、自分を選んでくれたなんて…」


たどたどしくはあったが、そう伝え、微笑む。

それは、簡単に慶次の頭の中を白くし、返すものを失わせるには充分で、彼は再び石と化していた。




「某も、世界一最強でござる。

……世界一幸せです……慶次殿」







……………………







「──な、ちょっと良い?」

「え?」

突然手を引かれ、腰を上げさせられる。

慶次は、桜の花弁が作る絨毯の道へ、幸村を連れ、


「ちょっとだけ、そこに立っててくれる?」

と言い、自身は反対側の、木々が生い茂る方へと入っていった。


(何であろう…?)


不思議に思っていると、「もういーよ」との声。


「何を…」


(……?)


幸村は首を傾げつつ、茂みに足を踏み入れる。

慶次の姿は見えなくなっており、『かくれんぼでござるか…?』と、彼ならあり得る理由を浮かべていた。



「へへ…」
「どうしたので?」

すぐに見付かり、しゃがんでいた彼の隣へ同じく並ぶ。

周りは、自然の垣根に覆われ、この辺なら『秘密基地』が好きなだけ作れるな…と、童心が湧いた。


「秘密基地みてーだよな」
「ははっ…」

同じことを、と幸村は吹き出す。


「あっちから、ここ見えた?」
「いえ、全く。後ろから回れば、すぐに分かりましたが…」

「そっか」

慶次は、ニコリと笑い、





(……え)





漂う花の香りが、強まったかと思うと。

鼻腔をくすぐるそれは、先ほどから何度もかいでいたもの…であり、




遅れてやってきた驚きの声は、

慶次に奪われた。


──それを紡ぐ唇と、同じもので。




いつの間にか地に着けていた両手に触れられており、手のひらを合わせ、指を絡めるように握ってくる。

当然の如く沸いた熱に、幸村の胸中は大嵐だったが、



(慶次、殿…も…)


その強張りは、幸村でも分かるほどで。
顔に手を添えていないせいもあり、つい俯き加減になる幸村に、合わせるように…


「……!」


目を見開かれ、幸村はすぐに自分の行動を後悔した。

彼が苦しそうに見え、下から見上げるように角度を変えてみたのだが…

自らが押し付ける結果になってしまい、羞恥のあまり固く目を閉じる。



(……っ!?)



片手が離されたかと思うと、息苦さが幸村を襲う。

後頭部に手を添えられ、軽く触れていたものが、隙間を塞ごうとするかのように、形を変えられ、

たまに空く箇所から吸おうとすれば、唇を掠める熱い吐息に、ままならず。


…幸村は、再び目眩を起こしそうになっていた。





「…っは、…はぁ…、ッ」

「ご、め…っ」

苦しげに喘ぐ幸村に、慶次は、こちらも赤い顔で、


「最初はすぐ離れるつもりだったんだけど、途中からわけ分かんなくなっちゃって──あ、いや!見失ってたわけじゃなく、しっかり覚えてるけど、逐一」

「〜〜、い、言わなくて良…!」

「だって!飢えた奴みてーに思われたらヤだしっ!俺、超紳士なんだぜ!?マジで!」

「わわ分かっ…!…から…!!」

もうやめてくれ、と幸村は逃げるように両手で顔を覆う。



「………」
「………」

息が整うまで、しばし沈黙するが、


「慶次殿…?」


「っ、や…、やっぱ俺キマんねーなぁ…って思ってさ。幸の前だと、格好悪さに磨きがかかる」


「………」

気付くと、おかしそうに笑う慶次に、幸村も釣られてしまっていた。

ひとしきり二人で抑えるように笑うと、お互いごく自然に立ち上がる。


慶次の顔はこれまで以上に晴れ晴れとし、どこか誇らしげでもあり、

幸村は、自ら『懲りない奴だ』と苦笑しながらも、その表情に見惚れていた。





「…ありがと…幸。さっきの言葉……今日聞いた言葉……絶対忘れない。これから聞く言葉も、見る顔も全部。


……俺も、世界一幸せだ……」





(──あ…)



向けられた笑顔に、幸村は、あの『震え』の理由を突如理解した。


同じものが浮かんだゆえに。

…それは身をもって、はっきりと。


彼の目尻が潤んで見えたのは、己と同様だったから、なのだろう。


それにまた嬉しくなり、笑顔が放つ光が増していく二人だった…。



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