爛漫5
慶次の腕に抱かれ、熱が上がると同時に、棘も刺さる。
幸村はそれに胸をよじらせ、目をつむり、
「──バイトであったのは最後まで思い到れず、来てくれたのが、慶次殿だと思い込み…それを佐助は分かっていて、…なのに…っ
…某は、佐助にも慶次殿にも、誤ったことをしようと──」
「違うよ」
きつく回された腕は緩まないので、その身体の内から、響き伝わってくるかのような。
大きい肩や胸が発する、静かで、穏やかな音…
「知ってるから。…言ったろ?お前らのことは、俺が一番よく分かってるって。お互いが、どれだけ…どんな風に想い合ってるか。どれだけ大事なのか。さっけの気持ちなんか、俺もうベテランだし。お前の気持ちだって、…」
「──慶次殿……?」
そこから沈黙する彼を、顔は見えないが、窺うようにして尋ねる。
自分のものよりもその音は速く、寒さにさらされたときのように、時折肩が揺れていた。
「ごめ……もっと、上手く言いたい…んだけど。…やっぱ、あいつにゃ敵わねーとか、…どんな思いで、とか。…あいつの、お前への言葉は嘘じゃない。あいつがお前から離れることは絶対ない、…って、これ前も言ったっけ…」
最後は、小さく声を震わせ、
「……夢、…じゃ、ないよな……?」
と、やっとのことで、幸村の顔を覗く。
ただし、両手は背と腰に回されたまま。…力も、変わらず。
「…っ、…夢では、ござらぬ…──すみませぬ、今の今まで、黙って…」
顔を歪ませる幸村だったが、慶次は、
「…ごめん、真っ白だ。お前の心が晴れるようなこと、一つも言えない。…今、俺……初めて、こんなに…
自分だけのこと、し…か、」
ポツリ言うと、息を吸い、
「何百回、騙されても……これが夢じゃなけりゃ、何されたって良いよ…!」
再び、力強く抱き締め、
「夢みてぇだけど、違うんだよな…っ?ごめん、お前すっげー悩んだのに…あいつも。あいつらも。…だけど、俺は…、
──ごめん、死ぬほど嬉しい……!」
背や腰に触れる手のひらや指先にも、力が加わる。
が、少しも痛みは感じられない。
幸村が隠し抱き、怖れてもいたものになど、微塵も興味がないようで。
ただ、心からの歓びに、打ち震えて。
…幸村の身体から、強張っていたものが解けていく。
「慶…」
慶次は、「うん」と苦笑すると、
「何…で、だろうな?…寒くないのに…」
細かに揺れる身体、腕、指先。
トーンを落とすと、その声までも震えた。
「うれ、しい、のに……さ。おかしい…よ、な……」
「──…っ」
笑っているのに泣きそうな顔に、胸の奥のものが騒ぎ出す。
それが喉に突き上がり、幸村はその熱を放つように、
「ゆ…き…」
「夢ではありませぬ。…お会いしとうござった…たった数日しか、経ってはおらぬが」
伝わるのを一心に願い、幸村の方からも腕を伸ばした。
…その広い背中も、わずかに揺れていて。
それを止めてやれる力に、少しでもなりたい、と。
「好き…です……思い出すよりも、以前から。ずっと、近付きたかった…。慶次殿が、これを教えてくれたのです。このように痛く──なのに、嬉しくて。憤ったり、喜んだり。不安な思いは、言葉一つ、笑顔一つで、真逆に変わる。
…これが、慶次殿の仰られる、」
「……っ」
息を飲むような音を立て、慶次はもう一度力を込めると、
「好き…だ、よ、俺も…っ。もう言ったけど…良いんだよな?…何回、言ったって…!」
「…ッッ」
こちらから言うのに全力を費やし、二度目は少しは上手く言葉にできたと思った幸村だったが。
言われる方の準備は全くしておらず、たちまち全身が燃える。
──久し振りに見た、あの熱をはらむ瞳を目にして。
それが、自分への想いからのものなのだと。改めて自覚すると、
「……好きだ……幸…ッ!」
もう、幸村の思考はダウンする他なかった。
これだけ努めてみても、治まらぬと見える震え。
…それを抑えるように、また、振り絞るように言われては。
その熱が内にこもり、かえって彼の身体や瞳から窺えるものが、一層増したかのようで。
(熱い…)
もう駄目だ、目眩がする。
「何回言っても、全っ然足りない…っ。もう、底無しだからさ…俺の。お前、引くだろうけど」
冗談混じりだったが、幸村は慌てて、
「引いたりなど…!誰が、このように嬉しいものを拒みましょう?」
本人は至って真剣で、彼的にはその積極性は、『破廉恥』に該当しないらしい。
慶次は、「ありがとう」と、素直に受け取ることにしておいた。
「もう、絶対離さない…一生。お前はあんなに沢山の奴らから想われてて…中でも俺が一番三枚目ってのは、よーく分かってる。だけど、俺は俺なりに……きっと後悔なんてさせやしねぇから」
「…そちらこそ、」
が、彼はそれを遮り、
「お前を好きになったこと、これからのこと。逆はあっても、死ぬまで後悔なんて、するはずがない。今このときが、人生最高の幸せでさ。これからは、それ以上ばっかが来んだぜ?もう俺、世界一最強だよ。今なら、武田のオッサンだって倒せそう」
「慶次、殿…」
いつもの彼らしい言い方に笑みが湧くも、今までとは全く違う決然とした表情に、幸村はまたも見惚れてしまう。
だが、それを映す彼の瞳の光も、慶次にとっては今日初めて目にした色であり。
…これを、自分が咲かせたのだと。
己に、こんなにも綺麗で、甘やかなものを抱いてくれているのだと知って。
震えが止まらぬのも、必然だったのだ。
「もう少しだけ、こうしてて良い?」
「っ、…はい…」
草地に腰を下ろすと、慶次は手を繋いできた。
もうしばらく二人でこの空間にいて、幸福を噛み締めるために。
「俺が、『足滑らせて、落ちないように』握ってて?下りるときもさ」
「あ…」
幸村は、彼から慶次に入ったというメールの件を、すぐに思い出す。
慶次は苦笑し、
「ホント、やりかねねーからさ。…『舞い上がって』」
──幸村が向けた笑みは、慶次が好んで止まない、あの…
ずっと見ていたかったが。
また雨が降っては敵わない、と、天上の桜の方へ、視線を移すのだった。
![](//img.mobilerz.net/sozai/160_w.gif)
‐2012.4.9 up‐
*あとがき*
タイトルの『爛漫』は、「花が咲き誇っている様子」という意味もあるらしくて。
(調べるまで知らなかった;)
次章で、やっと完結ですm(__)m
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