爛漫4








ざぁ、と音を立て、一陣が桜の木々を揺らす。

舞い散る花弁が、二人を霞めるように踊り、地へと身を落としていった。



「──……」

「黙っていて、誠に申し訳…」


声を失い、硬直してしまった慶次に、幸村は必死に言葉を紡ぐ。


「皆は、ああ言っていたが、後で、死ぬほど謝らせて下され。──…それよりも先に、聞いてもらいとう…て」

「………な…」

何を、と尋ねようとしているのだろう。
幸村は、聞いてはもらえている、と少しだけホッともし、


「このような…他人の気持ちにも、自分のでさえ、疎く鈍い人間で……真実に気付けず。…いや、きっと分かっていただろうに、言わせて…甘えて。どうしようもない、大馬鹿者でござる。……が、」

用意していたのに回らない頭と舌に、焦りばかりが先を行く。

そんな幸村の心情だけは察せられたのか、


「そんなこと…ない。お前は、ただあいつを…」

が、上手く言えないようで、慶次はどもる。
その表情や目は、ひたすら幸村を案じるもの。


(…慶次殿は、本当に……)


これを、今の今まで、一体どれほどもらって来たことだろう?

それが、その想いにより一層増した形であると知った今、


自分は。







「──好き、です──慶次……殿……」






再び一陣が通り、足元の桜が舞い上がる。

しかし、幸村の声が顕れたのはその前で、はっきりと紡がれたそれは、確実に届いたに違いなかった。


だが、言われた相手は、電池が切れた何かのように、完全に固まっている。



「言われて、分かった…ゆえ。…何を聞いても、白々しくとしか思えぬでしょう、…が」



あの日、あの瞳を見たときから。
きっと、もう囚われていた。

想う人を見る瞳に魅せられ、
想う人を思う熱に見惚れて、

そうなることが、幸せに繋がるとは分かっていたから、
ただ、成就するのを願って。


…なのに、考えると胸が苦しくなり、

何度も何度も、刺されるような痛みが、ここに。


友人の中で唯一、そうして想いを寄せる相手がいて。
どんな人かも分からず。

だから、『とられたくない』と。
幼い頃、両親やかすが、親しい友人に対して強く持っていた、独占欲…と同じものであるのだろうと。

そして、そんなものを抱いているなんて、決して知られたくはなく。
さらに悪くは、それでその顔を曇らせたりなど、絶対にしたくもなくて。


…あのとき、本当は分かっていたも同然だったのに。
記憶が戻ったのを理由に、利己だけに頭が行ってしまい。


──だが、もう二度とは。





「その画像…なのでござる、佐助が、某に見せてくれたのは…」

「…え…」

ケータイを示され、慶次はようやく反応する。
呆然としながらも、画像をもう一度表示すると、


それは、何かの画面を写したもので、一定に区切られた枠の中に、細かい文字が。
…ケータイの、リダイヤルか着信履歴のようである。

文字は小さいが、よく目を凝らしてみれば、


「幸…?」
「はい」

幸村は、苦笑とともに頷く。


つまりそこには、『真田幸村』の名が、何件もズラリと表記されているようなのだ。が。

…慶次が首をひねるのも、無理はないわけで。



「それは、あの『美紅』殿のケータイを写したものなのです。某も捕らわれた際に、パソコンで見せ付けられました」

「あ、いつの…」

慶次の中には、瞬時に怒りや恐怖が湧くのだが、


「某が必死でかけた電話は、美紅殿にしか届いておらず。…もし、あれが本物の自分のケータイだったなら、ある方の着信履歴に表記されるはずでござった。

…あの時間、相手がケータイを持たない、ということも忘れて」



(ケータイ…)


慶次は、とっさに自分の手の中の物へ目を向ける。


「警察にかけるべきだったのに。…馬鹿の一つ覚えのように、慶次殿だけに、何度も…
混乱もありましたが、…それ以上に怖くて。
…まさか、もしかすると、自分は、このまま──」


(ゆ、き…)


そう、声を出したいのに。
どうして、ままならないのか。

慶次は内心喘ぐが、幸村の表情と言葉に惹き付けられ、縛られ続けていた。



「死にたくない、…終わりたくない、と。
あのとき浮かんだのは、皆の顔でした。何も返せず、何も見ずに逝くなど、絶対に後悔する。どこにも行けるはずがない、…そう強く思っ、」

その際に感じたものが溢れたのか、幸村は苦悶を浮かべた。が、それを払うように、


「…なのに、それよりも…、っ
死にたくない、と強く思った、本当の理由、は…

それら全て叶わなくとも──ただ、会いたいと。最後に一度だけ、会わせて欲しいと。

会って言いたかった、どうしても…っ、
ずっと……一度だって、口にしたことが、ないのに…!」





慶次の手から、ケータイが離れる。



落ちた先は柔らかい草の上だったので、小さい音を立てたのみ。恐らく、無傷であろう。


そうしたのは、両手を空けるため。

あの日は留まった腕を、今度こそは、




「──……ッ!」



鳴らない叫びを上げ、胸の檻に閉じ込めた。


…加減ができない。
駄目だ、と強く思うのに、力も同じように増していき、

ああ、やはり少し痩せてしまったのか、と痛みながら、
まるで初めて腕にするかのような、止まらぬ鼓動にも苦しくなる。



「……、…幸……っ」


名を呼ぶだけで胸が詰まり、他に何も言うことができない。

伝えたいものは、どれだけの言葉でもきっと足りず、この身体に収まっていられるのが不思議なほど、……在るのだというのに。



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