爛漫3
「佐助…?」
「前の病院で言ったろ?旦那のことは、俺様が一番よく分かってるんだ、って。…本人よりもさ」
「え…?」
戸惑う幸村に対し、佐助の笑みは少しも消えない。
「俺様はねぇ…実は、結構前から分かってたよ。けどさ、俺様以外は誰も分かってないんだから、利用しないわけないじゃん?でさ、絶対気付かせないで、まんまと手に入れるつもりだったんだよね。あのときでさえ、まだよく分かってなかったみたいだから」
「あのとき…?」
「バレンタインの、次の日」
「………」
幸村は記憶を巡らせ、上がってきた考えに、…何故か、恐れが湧く。
「当てようか?明日、旦那が言おうとしてた言葉」
「え……」
佐助は、ことさらニッコリ笑い、
「『今度もまた、幸せになりまする。そして、慶次殿も幸せに致します。…今度こそ、きっと』」
「──…」
呆然とし、佐助を見上げる。
「だーから…旦那のことは、俺様が一番よく分かってんだって」
「さすけ…」
何を、言おうとしているのか。
幸村の身体は、どうしてか小刻みに揺れ、
分かりたくない、…聞きたくない、と。
頭の中で、そう反響する。
「もうね、ホント…つくづく馬鹿でしょって、いっつも思うんだけど。…でも、この俺様がさ。んな、同じようなこと、思うようになっちゃって、さぁ…」
参ったよ、と苦笑するが。
そこには何のためらいも、苦しみも…偽りもない。
「この俺がさ……泣く、かと思った。まさか、あんなとこまで来るなんて。──あの、俺様からのメール、も。実は、あいつらからなんだよ?…最初に送ったのは、もちろん」
「…さす、け、……っ」
震えながら佐助にしがみ付くと、それを静めようとするかのように、背に落とされる両手。
「……おれ、は、お前を…っ、お前と、ずっと、一緒に…ッ、幸せ、に、…」
震える声に、佐助はただ目を細め、
「分かってるよ。その言葉も、あの日言ってくれたのも、本当だって。…でもさ、旦那…
俺様たちは、『昔』の彼らと同一じゃない。『今度も』とか『今度こそ』なんて、考えなくて良いんだ。旦那も俺も、『今』の自分なんだから。…旦那がそこまで心配するような俺様じゃないよ、『俺様』は」
「…心配など、」
「ま、それも無意識みたいだからねぇ。どうしたって、俺様に傾くよなぁ…向こうはあーいう奴だし、旦那から見ても、きっと」
「俺は、しかし…ッ」
幸村は、悲痛そうに顔を歪ませ、
「違うのだ…お前が思うより、ずっと汚い、俺は…っ!お前が好きで、大事で…俺を、こんなにも大事に、…ずっと、離れたくない…一緒にいたい…!昔など関係ない──…
……嫌、なんだ……っ!」
「旦那…」
ずっと笑っていた佐助だったが、虚を突かれたように止まる。
「お前に言われ、このように出た震えが証拠だ。…俺は、つくづく我儘で、本当に気が多い。お前や彼が好いた俺は、このような輩ではない…だろう。これは、お前でも知らなかっただろう?…俺が、こんなに強欲で不埒で、こんな……」
幸村は俯き、
「…お前は、必ず幸せにする。お前のため、じゃない。…俺が、嫌、だから…だ…」
──上手く言葉にできないもどかしさに、唇を噛み締めた。
言えば言うほど、自分の気持ちの曖昧さや不誠実さが露になり、胸が押し潰されていく。
比べられない。
…失いたくない。
そして、自分の決めた行動は、結局どちらにも甘える行為…というのを、はっきりと思い知っていた。
「…馬っ鹿だなぁ…ホントに」
「ッ?」
抱き寄せられ、慌てて仰ぎ見ると、
「旦那が汚かったら、俺様なんか、もう表す言葉ないよ。…また、嬉しくさせてもらった。今までも、沢山もらってたってのに。
それ、旦那をそう思わせるほど、俺様がすごいってことじゃん。嫌うわけねーでしょ。むしろ、逆。…んで、それがまた嬉しいの」
「…さすけ…」
また言葉を飲む幸村に、「しょーがないなぁ」と笑い、
「いよいよ教えてあげるよ。──ほら」
と、ケータイの画面を開いて、幸村の眼前に示した。
(……これ、は……)
佐助はクスリと笑い、
「これ見て、もう分からないわけないよな?俺様だって、すぐ分かったよ。…いや、ホントは声聞いた時点で、分かってたんだけどね」
「さ…」
が、佐助は再びギュッと抱き締め、
「どれだけ言っても、尽くせないけど。本当に幸せなんだ、俺様。良い親に恵まれて、…友達にも。旦那のお陰だ、絶対。
…あのとき、旦那が、俺の幸せを何より強く願ってくれたから。
忍とは全く違う穏やかなところで、心から甘えられて、俺が俺らしくいられるような。自分の魂と引き換えでも良い、とまで…」
「そ、んな…の、」
「いーや、絶対そうだね」
否定を拒否し、佐助はただ笑う。
「旦那のでっかい愛、まーたもらっちゃった!…皆にゃ悪いけどさ、やっぱ俺様は、『特別』で『一番』なんだよね?旦那にとって」
「……っっ」
声はなくとも、幸村は全力で首を頷かせる。
その様に、また笑みが誘われた。
「俺の幸せはアンタだよ、…真田幸村。アンタがいりゃ、それでもう遂げられんだ。こんな楽な仕事ないだろ、旦那…?」
「──…」
(それは、あのときの…)
佐助は照れたように苦笑し、
「あ、覚えてた…ってか、聞こえてた?」
「当たり前…」
「つまりさ、そういうことだよ」
ふふっと笑い、
「で、さっき言ったっしょ?『旦那が嫌って言わなきゃ、離れない』って。だから、俺様は絶対離れないよ。ね?旦那が言うわけないってのも、よーく分かったしさ。旦那が心配することねーの。一生甘やかすって、勝手に決めてんだから、こっちは」
「………」
幸村の顔は…
先ほどのケータイの画像を見せられたのに加え、佐助の言葉により、柔らかに変わりつつあった。
「『お前は、俺がいるだけで良いんだろう?』…って。ふんぞり返ってりゃ良んだよ、旦那は。このときこそ、それを使うべきでしょーが。…でさ、」
──俺様を、本物の男前にさせてよ。…今こそ。
アンタのことは俺様が一番分かってて、一番愛してるんだ、って。
証明させて。
「佐助…」
幸村は、その名を何度も呼ぶ。…溢れ出そうなものを伝えようと、一心に。
「旦那があのときそう思ったのは、絶対に不誠実とかじゃない。恩知らずでも、薄情でもない。
いつも、自分よりも他人のことばっか考えちゃう、優しくて愛情深い人だから」
(…誰かさんに、似て)
「だからこそ、好きなんだから。俺様も皆も。…それは間違ってないよ、旦那。大丈夫なんだ、言っても。そこにある、何より綺麗なの…俺様にも見せて。で、一生拝ませてよ。俺様の、大っ好きな…」
──愛しく思う気持ちは増えてしまったのに、尚嬉しいだなんて。
まさか、自分がこんな風な想いを抱くなんて。…『彼』のように。
唯一憧れた、あの。
「旦那の、最高の笑顔はさ…」
それを、教えてあげるよ。
俺様が一番大好きな、旦那の……
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