爛漫2



カメラ画面の端に映った影に、ん?とケータイをずらす。



(人が…)


ここをよく知る地元の人物だろうか。
慶次は、当たり前のように話しかけるつもりで、その人がこちらに着くのを待った。



(…似てんな…)


と浮かんだところで、『重症だ』と自身を笑う。
出発前の地元の駅でも、茶髪を見かける度に、ついその顔を窺ってしまっていた。



「こんにちは」
「──…」

わざと目をそらしていると、向こうからくれた挨拶。

少し、固い笑み。
初対面の相手に見せるもの、とも言えるだろうが、


(俺、とうとう…)



……幻見るまで。

あんまりだろ、これ…



しかし、その幻影は微笑み、


「本物でござる」


──と、確かに喋った。




「…え」

慶次は、弾かれたように立ち上がり、


「えぇぇぇッ!?幸ッ?何で!?」

唖然、呆然、驚愕、全て表し目を見開く。


「何でここにっ?一人!?」
「はい」

「は、はい?……??……??」

何が何だかで、混乱に頭が回った。


「鳴っておりまするぞ?」
「っ、ああ、メールだし…」

ケータイの着信音は、すぐに止んだ。

焦り開いてみると、


(…何だこりゃ?)


添付の画像に首を傾げる。
だが、今はそれどころではない。


「話をしたくて……某、慶次殿にまだ何も…」

「は、なしって…、もう、さっけから聞いて」

が、幸村は首を振り、


「某からは、何一つ言うておらぬ。…終業式の後も」
「…あれは、俺が『言わなくて良い』っつったからさ」
「いえ、そうではなく」

幸村は、眉を寄せると、

「佐助に言われ、そうしておったのです。打ち上げが終わるまではそうするように、約束を」
「え?」

一瞬戸惑うが、元親のことがすぐに思い出され、


「ああ、そういうことかぁ。…さっけらしいや」

幸村が、まだ少ない痛みで打ち上げに出られるよう、…それで、まず自分が嫌な役回りを果たしたのだ。

で、もう充分だというのに、目の前の彼は、そのまま放ったりできる性分ではなくて…
『それ』を、きちんと口に出して、相手と向き合おうと。


(…やっぱ、お前だよなぁ)


そうだ、だから自分もこんな風に、わずかな消化不良を起こしているのだ、きっと。

あのときも、目が覚めたら自分を振ってくれと、強く思った…



「っ、またかよ。…ごめん」
「いえ…」

再びメールが入り、


(…ったく…)

苦笑がもれる。


「慶次殿?」

「さっけから。さっきのもさ。『足滑らせて、落ちないようにね』だって。あんにゃろ…」

その前に付けられた言葉は、最上級の『当て付け』か『ノロケ』か『余裕』にしか思えない。

先日行った渓谷でのやり取りが浮かび、むしろ緊張がほぐれる。
悔しいが、彼も『良い男』であることを、思い知らされた心地だった。…改めて。



「佐助、…に」

幸村は、慶次の表情を見てポツリ呟く。
それから間を空けることなく、再び口を開き、


「あの日、こうも言われました…」





…………………………





「慶次殿ッ?」

突然そこから踵を返す彼を、幸村が慌てて引き留める。


「電話で言っても、分かんねぇだろうから。あいつ、マジ一発殴んねーと気ィ済まねぇ」

「な…!?」

何故、と言う幸村に、慶次は勢いよく振り返り、


「また嘘ついてるよ、あの馬鹿!何考えてんだ!?意味分かんねぇ…!……お、れに、同情…してんの、か…?」

くしゃりと、慶次は顔を歪め、


「…ざけんな……んなことされて、誰が…っ」
「慶次殿、」

が、幸村の顔も見ず、


「あいつ、どんだけ世話焼かす気──似合わねーことすんなっつんだよ…つか、鬼畜にもほどがあり過ぎだろ」

笑おうとするのだが、上手くできない。


「………」

幸村も幸村で、言葉を詰まらせていた。


「もう二度と、んな馬鹿なこと言わねぇようにしてやっから。大丈夫、安心しろって。あいつはお前がいねぇと…どうなるか、俺絶対当てられるよ?そりゃーもう、悲惨なことに」

はは、と顔と口元とを歪め、


「俺は振られ慣れてっし、はっきり言って、あいつよか何倍も打たれ強いっつーか、ポジ…」


再度、留めるために掴んできた幸村の手に、慶次の言葉も止められる。


(…ッ、…こんなときに…)


今度は腕ではなく同じく手のひらで、抑えていた熱が否が応もなく顕れていく。



「佐助、は…」


懸命に開こうとするそれに、慶次の力は抜けていった。

















『好きだよ、…俺様も言い表せないくらい』


『…旦那が嫌って言わなきゃ、絶対離れないぜ?それでも良いの?』


『最高に幸せ。…いや、ずっとそうだった。旦那が、そうやっていてくれて…俺様に、その姿を見せてくれてさ』


『俺が、旦那からそれをもらってるから。旦那がいると、俺様は無敵なの。世界一幸せなんだよ。だから、それが旦那にも移るってわけ』


『俺様も旦那をそうするからね。誰よりも幸せにする。旦那の最高の笑顔を、…それがどんなにすごいものなのか、きっと教えてあげるから』











夜の病室で、二人。

緩んだ腕の中、幸村はそっと顔を上げた。


「明日…」
「まぁ、待ってよ」

「え?」と聞き返すが、佐助は微笑むばかりで、

「俺様の最後の──じゃないな…けど、一生に少しだけのお願い」
「…?」


「明日は、俺様に譲って?
……慶ちゃんと、話すの……」


「…っ!」

悟られていた、と幸村は顔を歪める。が、避けられないことであるので、心の準備はできていた。


「で、旦那は明日サボリね。皆と、デートしてあげて」
「…なに…?」

意味が分からず、幸村は首を傾げる一方。


しかし佐助は、


──本当に、澄んだ笑顔……で、




「言ったでしょ?教えてあげるって」





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