対論4







──躊躇している暇はない。


出発までは、あと数日ある。
だが、そのためにバイトのシフトは毎日フルで入れてもらった。

…つまり、もう今しか。


慶次はケータイを閉じると、急いで教室に戻る。
さて帰ろうか、としていたらしい幸村たちのもとへ駆け寄り、


「ごめん!今日のバイトどうしても休めなくて、お祝い行けない」

えっ、と幸村は驚き顔で、「いえ、そのような」と慌ててなだめようとするが、


「Ahー、別にいーぜー?主役はこいつと生徒会で、人数確保できてんし。脇役一人いねぇくれー、no problem」
「お前の分は食べておいてやる、心配するな。良かったな幸村、デザートの取り分が増えた」

至って真面目な顔で水を差す政宗と元就に、「あのな…」ともの申しかけたが、慶次は気を取り直すよう幸村へ向き、


「ってことで、今からお祝いさせて!夕方までには解放すっから!」
「え?」

「…用事とか、ある?」

慶次の顔に陰が落ちるが、幸村が首を振ったことで、瞬時に消え去る。


「んじゃ、決まり!バイトの入りも遅らせたし。さっ、行こ!」
「…っ!?、あのっ、…えっ…!?」

戸惑いながらも、他の二人も一緒だと思っていたのだろう。
幸村は、自分だけが引っ張られていくのに目を丸くしながら、彼らと慶次を見比べる。


「俺ァ、パス。昨日のせいで、すっげぇ眠ィ…」
「我も、生徒会室の片付けがあるのでな」

「お前らは誘ってねー!じゃな!」

ついて来んなよっ?と、威嚇するように言い残し、慶次は幸村を急がせ、二人の前から去った。


「──Shit…」
「さて、我らも行くか」

しかし、政宗はうんざりした顔で、

「尾ける気力すらねーよ。つーか、お前のせいだろ?散々飲ませやがって…。小十郎さえいなきゃ、俺もサボれたのに」

ブツブツ言う政宗に、元就はニッコリと(!)笑って、


「我にもそのような時間などない。今日は、駒が二人もいないのだ…その分、存分に働いてもらう」
「Whatっ?──まさかテメ、俺にやらせる気かよ、片付け!?」

「ざっけんな!」と憤るが、がっしり腕を掴まれ、ズルズルと引きずられる政宗。


「六時半まで、まだ充分あるからな。お前の手際の悪さでも、何とか終わるだろう。…佐助一人おれば、昼過ぎには片付いたであろうに」

「──…」

その一言で、政宗は腕を跳ねのけ、自ら生徒会室へと歩き出す。



(…単細胞めが…)


失笑するが、あの様子では、もう先ほどのわだかまりなど、綺麗に消え去っていることだろう。

感謝ものであるぞ、と心の中で政宗を見下ろしながら、元就はその後を追った。













「こ、ここに入るので…?」

「うん。…ダメ?」


「い、いえ、」幸村は否定するが、「しかし、何というか…」

幸村が嫌であるはずがない場所、なのだが、周りの目が気になって仕方がない。


──二人は、スウィーツバイキングの店に足を運んでいた。

…いつぞやに、女装した幸村が一人で来ていた場所である。


「でもほら、あそこ中坊の軍団。俺らも目立たねぇって」
「……」

彼が示す席には、確かに男子中学生のグループ。しかし、彼らは軽食メニューが主で、席もキラキラしたスウィーツ側と離れている。

男性もいるにはいるが、彼女の付き合い、というのが明らかな様子であるし…

周りの女性グループが、ただでさえ目立つ長身の慶次を見て、興味あり気に笑っているのが、幸村でも分かるほどだ。


「すんません、すっげぇ好きなもんで〜。高校生以上の男同士じゃ、入店お断りとか?」

またよく通る声で言うので、店員は吹き出し、「いえいえ、大歓迎です」と笑顔で迎える。
他の客からは、ますます忍び笑いが沸いた。

しかし、それだけで入りやすい雰囲気に一変するので、相変わらずの彼の特技に、幸村は尊敬の意を抱く。


「…慶次殿は、さすがでござる」
「そ?俺は、別に一人でも全然平気。けど、やっぱ誰かと来た方が、絶対楽しいと思わねぇ?」

あの日、幸村が周りの女性たちの会話に耳を傾けていたのを、見通しているかのような口振り。(実は、一緒になって感想を言い合いたかった幸村)

…あのときは、彼は店に入っていなかったはずであるのに。


「俺もさ、一度入ってみたかったんだ。全部オゴるから、遠慮せずに食べてよ?」
「すみませぬなぁ…」

何度も断ったのだが、慶次があまりにしつこいので、幸村は白旗を上げていた。


「お待たせしました」

軽食側の店員が、(時間を要する)後渡しのメニューを運んでくる。


「………」
「?…何か?」

店員が、幸村をじっと見ていた。


「──あ、すいません。…あの、失礼なんですけど、お客さんお姉さんとかって、いらっしゃいます…?」
「えっ、かすがをご存知で?妹ですが」

「!マ、マジすかっ!?」

彼の顔はパッと輝いたのだが、


「けど、彼氏いますよ〜?それも、すげぇ美形の」
「…あー…、やっぱり?ですよねぇ…」

慶次の一言に、目に見えてしょぼーんとなる彼。「だよなぁ、あんなに可愛いもんな…」と呟いた後、

「…失礼しました、思っきし忘れて下さい。また、ご贔屓に」

と、爽やかな笑みを残し、戻っていく。



「──かすがも来ていたとは、知りませんでした」
「別嬪だからなぁ…あんなの、しょっちゅうだろーね」

でも、と慶次は続け、

「ありゃ、かすがちゃんじゃなくて、幸のこと言ってんだよ」
「え?」

幸村はキョトンとするが、


「言ってたろ?ここで、店員に映画の割引券もらったって。あの人、幸の顔すっごい見てたしさ」
「…あ」

そういえば、と思い出し、

「慶次殿、よく覚えておりまするなぁ。言われてみれば、あんな方だったような…」
「当たり前じゃん。…てか、結構男前なのな」

慶次は苦い顔で彼を見送り、


「いや、幸は覚えとく必要はねぇよ?あんなナンパ野郎」
「……」

やはり、あれは『ナンパ』であったのか…と、理解する幸村。
だが、そんなことよりも、慶次の機嫌が微妙に悪くなったことに、気が気ではいられなくなる。

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