対論2
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「──びっくりした?」
振り向けば、ニヤリと笑うその顔。
「…殴る」
だが、本当に恐怖した全身は硬くなり、背中に冷えたものが流れる。
本気で落ちたと思った瞬間、慶次は、掴まれた背を引き戻されていた。
(何なんだ…)
こんな冗談にも、付き合う余裕はないのだが。
「…冗談じゃないよ」
「ッ!」
再びグイッと背を押され、慶次は慌ててそこから飛びのいた。
「何すんだ…!」
「だって、邪魔なんだもん」
「はっ!?」
立っていたままでは、また同じことをされそうな気がし、慶次は地面に腰を着ける。
すると、佐助は抑えるように笑い、
「…っていう慶ちゃんの気持ちを、代わりに演ってあげた」
「!!」
そのまま手すりに両手を掛け、身を乗り出す佐助。
慶次はすぐに立ち上がり、「何やってんだよ!」と、肩を掴むのだが、
「…ほら、押せば?
──したら、旦那はいずれ、アンタのものだよ…?」
「……ッ!」
表情も身体も全てが強張り、慶次は佐助を凝視する。
その手をどかせ、佐助は手すりから身を降ろした。
「俺様なら、そうするね。…所詮そんなもんなんだよ、慶ちゃんの想いは」
「な──」
慶次の意識は怒りにより醒まされたが、驚くことに、佐助の方も同じような感情を露にしていた。
「ほら、やっぱ隠してた。…いい加減さぁ、格好付けんのやめたら?いつまでも良い人ぶんなよ。本当は、そうしたいくせに。なのに、」
「格好なんか付いてねーよ!何が言いてんだ、お前!?」
「………」
佐助は、怒気に蔑みを加え、
「口先だけなんだよ、アンタはいつも。本当に欲してんなら、他の何よりもそれを優先するはずだろ?なのに、いちいち囚われ後回しにしてきたアンタのは、俺様と同じ想いだって言えんの?…っつってんだよ」
その言葉に、慶次の胸はまたも突かれ、頭の血は逆流する。
「同じじゃない…俺のは、それ以上だ…!お前よりも政宗よりも、真っ先にあいつに惚れた!元就にも、想いの丈じゃ絶対──いや、誰にも負けねぇ!俺には、お前や政宗や今の元就みてーな、あいつとの繋がりは何もねぇ…けど、ここだけは…俺には、これしかねぇから…!」
グッと自身の胸を掴み、叫ぶように吐露した。
…だが、それと同じほどの勢いで、分かり尽くしたものと決めた思いが溢れ出す。
慶次の熱は、努める前に収束していき、
「…でも、しょーがねぇだろ…それが俺なんだから。綺麗事のつもりじゃなくて、本当に、優先したいのはそっちなんだ。あいつが望むもんを…、──のためなら、俺のは要らねぇ…妨げになりたくねぇ。…口先だけに見えるだろーけど、俺は、俺なりのやり方のつもりで…」
幸せにするための…と、極々小声で呟く。
「………」
佐助は、思案するように再び黙っていたが、
「それで、慶ちゃんもまた『幸せ』になれるって?」
はぁ、と頷きともとれる声を出し、慶次は、
「…昔の自分の真似じゃねぇよ?本当に、そう思ったんだ」
「うん」
佐助は何故か微笑み、「──格好良いね」
(っ、ぁ…っ?)
当然、ポカンとなる慶次。
佐助が分からなくなるのが、ひどくなっていく一方である。…嫌味ではないような、口振りであるし。
「具体的には、どーすんの?これからも、毎日顔合わせるわけだけど。大昔と違って」
「…違うのは、俺らもだよ。お前も、さっき言ってたじゃん」
今度こそ、慶次は盛大に溜め息をつき──だが、全てが悲観的なそれではなく、
「お前が幸をそーすんのを、ずっと最後までしっつこく見続けるよ。いつも一緒にいる二人見て、毎日毎日『良かったな』って思うよ、…バカ野郎」
と、忌々しげに言った。
「──当たった。…俺様も、できるようになったじゃん」
「え?」
しかし、「いや、何でも」と、笑うばかりの佐助。
すっきりしたような顔に舌打ちしたくなるが、慶次も慶次で、どこかそのような感を得られていた。
…佐助の前では、永遠に見せることはないと思っていたのに。
あの、自分の想いへの、高慢で傲慢な気持ちを。
好きになった順などに、プライドめいたものを持っているなんて。
そんなことでしか、彼らの絆に立ち向かえなかったなんて。
痛感しながら、自分の中でなら許されるだろうと甘んじていたものを、よりにもよって。
お陰で、敗北感(とは決して認めない。)に近いものが、胸の内に広がっていくような。
この怒りだって、未だ。
(…ふざけやがって)
「なぁ、一回殴って良い?」
「やだよ」
「幸のことじゃなくてさ」
と、軽く佐助の腹に拳を当てる。
「何よ」と佐助が窺うと、慶次は下の川を指し、
「俺は、絶対お前を落としたりしません」
「…ああ」
はは、と佐助は小さく笑い、
「分かってんよ。旦那バカの慶ちゃんなんだし」
「…よりも前に、」
慶次は拳を押し付け、
「俺らは、何なんだ?
──幸に会うより前から、そーなんじゃなかったっけ?」
「………」
佐助は、しばらく絶句。
…が、すぐに笑い始めた。
「ここで爆笑?…お前って、ホント鬼畜ですね」
「そーですね〜。残念ながら、否定できない」
何とかそれが治まると、佐助は、
「俺様さぁ…実は、慶ちゃんのこと結構尊敬してんよ?ま、なろうとは思わねーけど」
「…そりゃ、してねぇのと同じじゃねぇの?」
「いやいや、ホントホント」
ヘラリと笑い、
「ならねーけどさ、俺様はそれ以上に男前になっから。──しゃーない、…アンタも幸せにしてあげるよ」
『旦那にするついでに』と付け加え、佐助は背を向け、来た道を歩き出す。
「…要るかよ」
自分こそがそうやって、男を上げるつもりだったのだ。
慶次は口を尖らせたが、…やはり自分は自分であるなぁ、と諦めの息をつく。
後ろから思いきり肩に腕を回し、心底嫌そうな顔を、バス停に着くまでじっくり楽しんでやった。
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