祝福3
「え、マジで!?彼女できたっ?」
「それはない」
「──っあ?…何だ」
思わず起き上がった慶次だったが、ガクッとまた沈む。
「…そういえば、お前と二人でこうして会うのは久し振りだったな」
秀吉がポツリもらすと、
「そーだなぁ…あ、ごめんな?寂しい思いさせて」
と笑う慶次。秀吉は、鼻で笑い返した。
「三成たちとも親しくしてくれているようだな。恩に着るぞ。…半兵衛は、渋い顔をしているが」
「また『不良になる』って?俺、真面目にやってんのになぁ」
口を尖らせ、
「お前ホント保護者だよな。てか、んな風に思うなよ。あいつら、普通に面白ぇし良い奴らだし。ごく自然に友達になっただけだよ」
すると、秀吉は「そうか」と目を細め、頷いた。
そして、そのままの表情で、
「まぁ何だ……楽しそうなのでな。良かった、と…。お前も、前よりそう見える。──そう気を落とすな。お前は、良いものをあんなに多く持っていよう?」
「…おー…」
「お前はな、思っている以上に他人を暖かくしている。笑顔にさせ、…幸せにしている」
「んー……」
「(こやつ…)」
せっかく人が良いことを言っているというのに、と青筋が立つ秀吉だったが、
「…ありがとー」
ヒラヒラと片手を振る慶次に、怒気は飲み込まされた。
やはりいつもとは全く違う彼の姿に、秀吉は話題を変えようと、
「ああそうだ。来月中に、ここを越すことにした」
「えっ!?」
思った通り、すぐに起き上がる慶次。
「学園からは少し離れるが、広い部屋を借りられてな」
「あ、そう──。…ビビった、実家帰んのかと思った」
「え、どんなとこっ?」と、すぐさま興味を示してくる。
秀吉は内心『単純な奴め』と笑っていたが、テーブルに置いていたチラシを差し出した。
「えっ何これ、すっげぇ広いじゃん!ぜーたく!」
「同居人もいるのでな」
「ルームシェアぁ!?大丈夫かよっ?よく引かれなかったなー、相手大物〜」
「大物には違いないな。半兵衛であるし」
「──はっ?」
唖然と固まる慶次。
「今も、ほとんど変わらんようなものなのでな。それなら、そうした方が効率的だろう?」
「…へ?…なに…?──え?」
ん?と秀吉は首を傾げ、
「会いたいと思ったときが夜中だったりすると、不便でな」
「…………
……うん。…それは、そう……デスね」
“大事なもの──”
(って、ありゃそういう…)
「…意味?」
「何だ?」
慶次は慌てて、
「あ、いや──、…ホント仲良いなぁと思って」
「今さらだろう。もう夫婦のようなものだ」
「ぶっ!?」
「こら吐くな」と至って普通にティッシュなどを渡してくる彼を、慶次は呆然と眺める。
(ひ、秀吉、意味分かってんのかな…)
冗談を言うような顔でもないし、えーっと…
(半兵衛は嬉しいだろうけど)
「……」
…だが、秀吉の顔もどことなく喜びを含んでいるような。
ああ、そういえば、この顔は以前にも目にしたことがある。
ちょうど八年前の、同じ日に…
「──そっか。そっかそっか、…うん」
「な、んだ…」
広い背中をバンバン叩いてくる慶次に、秀吉は抗議の目を向ける。
しかし、慶次はニカッと笑顔で、
「じゃ、引っ越し祝いに変更!さー、飲め飲めぇ!」
「──…」
…一方、そんな元気まで引き出すつもりはなかった秀吉だが。
少しは活を入れられたか、と胸中ではひっそり笑むのだった。
「いや悪かったなー、迎え…」
上機嫌でドアを開けた慶次だったが、
「はんべ…」
「うわ、何だいその有り様…すごい臭い」
鼻を摘まみ、思い切り顔を歪める半兵衛。
中へ入ると、秀吉はぶっ倒れていた。
「…慶次くん、何が欲しいんだい。停学?それとも(前田家からの)勘当?」
「停学されたら、後者もついてくるじゃん〜」
へらへらと笑い、「まぁまぁ上がれよ」と半兵衛を引き入れる。
「飲み過ぎだろう。明日、そんなので登校するつもりかい?」
「いーのー。もー休む」
「君、僕が誰か分かってるんだろうね」
「偉大なる竹中『先生』でござーぁすぅ」
どたぁ、と秀吉の横に転がる慶次を、半兵衛はしかめ面で見ていたが、
「今日だっただろう?退院する日。僕らでさえ見舞いに行ったのに、何をしてるんだ、全く…」
「…からぁ、バイトだったんらって…」
「こんなとこで飲む暇があったら、」
「もう夜遅かったし…」
「君ら、そんなの関係ないだろう」
「あるよ……いつは、寝んの早ぇーから…」
うにゃうにゃとしながらも、そこは小声になる。
「…明日は、一応お休みするらしいよ。まぁ終業式は明後日だし、一日行ったところで変わらないし…挨拶しに行くなら、臭いだけでも消しておくんだね」
おー、と慶次は応じたが、
「はんべーおめっとー。良かったなぁ〜」
「何が?…」
やれやれと思う半兵衛だったが、あのチラシを見せられ、黙ってしまう。
「お幸せに〜」
「………」
「おっ、おっ?もしかして、照れて…」
が、いつも通りの彼の表情に「…ないね」と収縮する慶次の声。
半兵衛は、だが微笑み、
「君が妬くかと思ってね」
「だぁれが。お前じゃあるまいし」
「そうだね」
「(へ)」
見たこともないほどの素直さに、慶次は目が点になる。
「一人でも味方がいてくれるのは助かるよ」
「…いや、もう『敵なし』って顔してるぜ?…はぁ、すげぇな…」
しかし、半兵衛は意外そうに、
「そんなことはないだろう?君なんて、こんなの嫌ってほど知ってるくせに」
(──あ…)
すぐに自身の想いが浮かび、慶次の顔は理解にほぐれた。
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