祝福2
「別に、元親から言われて来たんじゃねーぞ?昨日は、あいつらが行くっつってたから、今日にしようと思ってただけで」
「あ、はい」
ベッドから身を離し、笑う政宗。幸村も、同じく笑みで返す。
「あいつは、何か余計な心配してるみてーだが…俺らもそこまで弱くもねぇってのによ。お前もな、考え過ぎ。…つっても、それがお前だからしゃーねぇか…」
「……」
顔に、ずっと書いてしまっているのだろう。昨日の、元親の言葉や表情が浮かんだ。
だが、政宗は明るく笑い、
「モテる男は辛ぇよなぁ。──ま、もうしんどかったらよ、やっぱ俺んとこ来りゃ良いし。そこで今の世はオシマイ、そっから俺と二人で新しい世を造る…みてぇな?」
幸村も微笑んで、
「そう……ですなぁ…」
「………」
「政宗殿?」
「…墓穴掘っちまった」
はぁ、と政宗は溜め息をつき、
「お前そこは、『それは絶対にありませぬ』とか、『あの日言ったことは、決して違えませぬ』とかよ…そう来ると思うだろ」
ああ…と、幸村は小さく頷いたが、
「嘘はつけぬゆえ。…すみませぬ、某は……気が多く、浮気者なのでござる。…しかし、もうそれを認めることにし申した」
目を伏せ、静かに笑う。
「政宗殿は、…素敵です。始めて言われたとはいえ、某は男であるのに。政宗殿は、関係ないのでしょう。きっと男女問わず、強く惹き付ける力をお持ちで。…魔力のような」
政宗を見上げ、
「それに魅せられ、あてられました…まんまと。本当は、どうなろうと嫌えるはずもなく、歓んでさえいた。…なのに」
「…よく分かってんじゃねーか」
コホ、と咳払いし、照れた目を見せる政宗だった。
「Ahー…まぁな?そーだろ、こんな完璧な奴、他にいねぇもんな。そんなのを振る奴なんざ…ま、お前の嗜好と美的感覚が、おかしいっつーこった」
「はは…かも知れませぬなぁ…」
幸村は眉を下げ、情けない表情で受ける。
改めてその存在を確かめるよう、政宗は幸村をしっかりと見据え、
「お前がずっとそう在ってくれんなら、もう何だって良いぜ。お前の隣が誰だろうと、俺に逃げ込もうが何しよーがよ。何でかってのは、分かって…」
「…っ…、」
コクコク、と何度も揺れる幸村の頭。
その表情に、政宗の笑みは再び湧く。
「…ま、そーいうことだ」
戯れに幸村の頬に口付けてみると、反撃も叫び声も起こらなかった。
これはしめたともう一度近付こうとしたが、佐助たちが戻り、容赦ない制裁を頂戴したのだった…。
玄関のドアを開けると、バイト帰りだという彼が、荷物とスーパーの袋を下げて立っていた。
袋の中身は予想通りで、私服に着替えているとはいえ…と眉をひそめるが、何度言っても彼には響かない。
秀吉は諦めた表情で、慶次を部屋へ招き入れた。
「記念日なんだから、良いだろ?」
「……」
慶次は屈託のない笑顔で、買ってきた缶を秀吉にも渡す。
「俺がフラれた記念」
「…お前もしつこいな」
秀吉が顔をしかめると、「へへ」と笑う慶次。
「しっかし長かったよなぁー、くっ付くまでさ。大学入って約一年で、やっと。俺、まさか二人がそーなるなんて、思ってもなかったもんな」
「急に何だ?」
秀吉も、缶を傾けながら笑う。
もう、八年も前の昔話である。面食らうのも無理はない。
実家が同じ土地である慶次と秀吉。
慶次は初等部に上がる際に、その数年後、秀吉は大学入学で、こちらへ身を移した。
そこで、『彼女』と半兵衛と出会ったのだった。
…慶次の初恋の人で、約五年前に亡くなった彼女。
短い間だったが、秀吉とそれは仲睦まじく、今でも、幸せそうな笑顔しか浮かばない。
長く哀しみに暮れていた秀吉だったが、半兵衛が一心に支え、何とか教師の職にも復帰できた。
そこについては、半兵衛に感謝と尊敬の意を抱かざるを得ない慶次である。
「明日もあるのに…またまつ殿にどやされても知らぬぞ」
「へーきへーき。今日はこの後、謙信家行っから。泊まるっつったし、制服持って来てっし」
「全く…」
「それより、話そらすなよ」
慶次は、既に二缶目を軽くし、
「また言うけどさぁ、…彼女、作れって」
「──…」
「俺が言ったこと気にしてんだろ?何べんも謝ったじゃん、ありゃ俺がガキだったせいで…」
『あの人以外を好きになるなんか、絶対許さねぇ──』
慶次は苦笑し、
「父親の再婚嫌がる、息子かよってな」
「…本当にしつこい。何度も言うが」
と、秀吉は渋い顔になる。
「『それは関係ない』って?…じゃなくてもさぁ、何か変に義理立てしてんじゃねーの?」
「そんなことはない。…慶次、何が言いたい?」
「別に──」
慶次は缶を空け、
「お前、幸せにできたじゃん。すげぇよなー、…やっぱ羨ましいなぁとか、ちょっと」
「何だ、また振られたのか?懲りん奴だな」
「…ひど」
短く笑うと、秀吉も微かに唇を歪める。
「──まぁ、とにかくだな…お前も、そうなって欲しいわけ。あのとき以上に、幸せに」
「…本当にどうした、慶次。大分酔っておるな」
「俺は、いつもだいたいこんなもんだろ〜?」
ハハッと笑い、慶次は床に横になった。
「……」
「んー…?」
秀吉の呟きに、視線を向けると、
「そう心配するな、どちらが上だか分からん。…と言っても、お前は昔からそうだが…」
苦笑に、目には柔らかな光をたたえ、
「あいつのことはずっと想い大切にするし、大事なものも既に見付けた。…大丈夫だ」
そう答える秀吉に、慶次の目が大きくなっていく。
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