追想5




手を強く握られた。


…涙が滲む。



こんな酷い仕打ちをした自分を、彼はまだ見捨てずにいてくれる。


絶望しながらも、約束だけは守ろうと




すまぬ


…すまぬ


どんなに頭を下げても、償い切れぬ


自分も、強く握り返した。




どうか、この誰よりも愛しくて大事な人に、幸福を。

こんなにも愛してくれ、幸せにしてくれた、かけがいのない、この人を。


その世界に、自分はいなくとも構わない。
…いや、このように彼を悲しませるような、不出来の人間など。

彼が幸せになるのなら、何であろうと捧げる。

魂でさえ。





(…でも)


もし、…もし、情けを得られるのならば。


この手を決して離さなければ、

──逢えるかも知れない、…と、希望を抱くことを、許されるのだとしたら。





──あの笑顔が浮かぶ。

帰る場所だった、あの優しい風が。


「どこにも行かぬ」と、言ったくせに。

置いて行かれる哀しみを、再び被らせてしまうなんて。まさか、この自分が。

どれほど、苦しませることか。
想像するだけで、心臓を引き裂いてしまいたくなる。



自分は、二人の幸せを奪った。

彼らの尊い人生を。




絶対に、近付きませぬから

彼らが幸せであるかどうかだけ、…一目見ることが出来れば


思い出し、苦しめるようなことは、もう二度とせぬと誓うゆえ



どうか


どうか……















ゆっくり額が離れ、お互いの顔が徐々に見えてくる。

…思った通り、幸村の顔はひどいことになっていた。


「──お、まえの言う、通り、お前を、追わず、最期、まで、行くべきだっ……すれ、ば、せめ、て、お前、だけは、苦しめ、ずに…──」

泣き過ぎで喉が痙攣を起こしているようで、…だが、佐助の耳には、しっかりと届いていた。


喉と同じく震える身体を、抱き締める。

強く強く、…もう、二度と見失わぬように。




「──ばか…」



…何で、俺はあんな顔を見せてしまったんだ


旦那がどうして俺を庇ったかなんて、分かってたくせに

悲しかったけど、…喜んでたくせに

姿を目にしたとき、もう死に近かった自分なのに、あんなに力が湧いて


俺があんな様子を見せなきゃ、旦那は安らかにいけたのに

最後の最後で、俺は



…だから、今度こそは

絶対に、あの笑顔を




「バカだよ、旦那…。なぁ、俺様の記憶も見えただろ?」
「…っ」

こくこく、と佐助の胸の中で頷く幸村。


「じゃ、もう分かってるよな。…俺ら、お互い様──って。…んや、やっぱ俺様のがダメダメだったわけだけど」

「〜〜ッッ」

幸村は顔を上げ、必死に首を振る。
が、また涙が溢れ、再び佐助の胸に沈んだ。

…もう、彼の服は大分悲惨なことになっている。


「これさ、人の受け売りだけど。…俺らは、『今』の俺らであって、昔の彼らと同一人物ってわけじゃない。だから、旦那が罪に思うことはないし、てか、そんなの…」

佐助は穏やかな声になり、


「ありがと、旦那…。本当はさ、俺様すっげぇ嬉しかったよ、旦那が来てくれて。…本当は、怖かったんだ、独りで死ぬの。今だから言うけど、俺が死んだら、偶然旦那も一緒に行ってくんないかなぁ…とか、思ったりしてた。もちろん、痛くないことでね」

「さ…っ、け…」

驚いた目で、幸村がおずおずと見上げた。

佐助は微笑し、涙を指で拭ってやる。



「俺もそうだから、旦那もそうだと思うけど──思い出してもさ、やっぱり『今』の自分が主なんだよね。…でも、昔の『あいつ』も、自分の一部でさ。
思い出してくれて、ありがとね。…俺の中の彼が、喜んでる。

きっと、俺らが生まれて出逢えたのは、これのためもあったんだよ。あの二人は、本当に想い合ってて、最っ高に幸せだった。
それを、しつこく今の世でもノロケたかったんじゃない?」


「ふぇ…」

明るく笑う佐助に、つい気の抜けた声が出る幸村。

そんな彼を、佐助は楽しげに覗き、


「最後の『すれ違いの痴話喧嘩』を、俺らが解決してやったんだよ。…ねぇ?」


「──…」

幸村は茫然としていたが、


「旦那は、俺様より大将の言葉のが効くだろうから、じーっくり、享受してきなよ。不安なことなんて消し飛ぶからさ。保証する」



(佐助…)


幸村は目を瞬かせ、


(何やら、逞しくなったような…)



「うーん…、…色々分かったから、かな?誓いも立てたし」

「えっ」

口に出ていたのだろうか、と幸村は目を丸くするが、


「旦那の考えなんて、お見通しだよ」


(ぅ…)


──そうだ、

自分は、本当に分かり易い性格で…


その辺は『昔』に比べると、『今』の自分の方が、勝れているように思えるが。



「俺様だから分かるんだって〜。俺様が一番、旦那のこと分かってるから。…まぁ、見ててよ」


絶対、後悔しないからさ──


そう言い、意味ありげに微笑む。



今度こそ本当に全ての緊張が解け、心地好い疲労が幸村を襲う。

恥ずかしがる彼をよそに、佐助がその身体をおぶる。


多くの見舞いに再び疲労する羽目にはなるのだが、それまでの間は、気の済むまで深い眠りを貪った…







‐2012.1.18 up‐

あとがき


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

何これって感じだろうことは、自負しております。全部すみませぬ。前回に続き、誘拐から戦国まで、背景穴だらけ。

施設でかすがと出会い、数年後に信玄にまとめて引き取られ、転入した小学校で元就と出会いました。元就は中学受験で学園へ、家族ともども引っ越したという。
真田夫婦は、前田夫婦にも劣らぬラブラブバカップルでした設定。

慶次が指したのは六文銭。何か欲しいものないですか、とか、幸村が聞いた的な流れで。


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