追想4
「…、すま…ぬ──おれ、は…」
幸村の顔はクシャクシャに歪み、青ざめ、怯えの色まで見える。
「何、言って……謝るのは、俺様の方…」
「違う…ッ!!」
短く叫ぶと、幸村は佐助の横を抜け、駆け出した。
「ちょ…ッ」
(その身体で!)
すぐに佐助も追い、扉を開けようとしていた腕を後ろから掴む。
「足で俺様に勝てるとでも、」
「はな、っせ…!」
幸村は強く拒むが、その顔や目は何の脅しにもならない。…ひたすら哀しみだけが浮かぶ。
「俺は、また繰り返すところだった!俺のせいで、お前は……それだけでなく…っ」
耐えられないよう、その目からは涙を零し、
「疫病神が望んでしまったがゆえに…っ、…だが、今度こそは間違わぬ。もう戻らぬ、皆の前から去っ──」
…喚きに近い声を止めたのは、彼を抱く佐助の腕だった。
「何言ってんの。…何で、そんな哀しいこと言うのよ?」
「さす…け…」
佐助は、堪えるように眉間に力を入れ、
「頭働かなくて、良い言葉浮かばないけど。──俺様、だよ?旦那。…また、逢えたんだぜ……?」
「──…っ」
幸村の抵抗が、ピタリと止まる。
「俺様誓ったんだよ、また。どんなに抵抗しても、絶対やり遂げるから。…旦那のことは、俺様が一番…」
佐助は微笑み、
「…なのに、ごめん。その苦しみを分かってあげてなくて。…従者失格だったね」
「!ちがっ、それは」
「俺の方が旦那に謝りたい…──けど、他にも話したいことが沢山ある。…だからさ、旦那も話してよ」
「…っ、う…」
小さな嗚咽を上げながら、幸村の身体から力が抜けていく。
佐助が自分と幸村の額を軽く合わせると、二人の頭の中は白い光に照らされ始めた。
『…じゃあ、それくれるかい?』
『──…』
指された首元に手を当て、幸村は言葉を失い、目を伏せた。
『これ、は…』
『嘘だよ。冗談。…それがなけりゃ、逝かずに済むんじゃねぇかなー…とか思っちまって』
いつものような口調だが、表情はそうではない。
『早くまた二人に会いてぇからさ、戻ったらすぐに文くれよ?くれなくても、来るけど』
『…はい!もちろんにござる』
力強く答え、幸村は慶次に微笑んだ。
『慶次殿……某、幸せでございまする』
『…うん』
『慶次殿の幸せは、某が幸せであること……それは、変わりありませぬか?』
『もちろん』
当然のように頷く慶次に、幸村は、ほぅっと息を吐いた。
『良かった…──忘れないで下され、某が幸せであることを。…誰もが、忘れてしまったとしても』
『…幸』
慶次は、声にわずかな怒気を入れたが、
『必ず戻りまする。…ですが、あやつは、他の誰の言葉も信じますまい?ですから…』
『…俺の言葉なんて、もっと信じちゃくれなさそうだけどな』
慶次の苦笑いを窺いながら、幸村はいつも通りの空気を、最後まで噛み締めていた。
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“必ず、二人で戻って来いよな”──
『乱世が終わりゃ、風来坊みたいな奴ばっかになるんだろうね』
『そうだなぁ…争いは起こらぬであろうな』
『旦那』
『ん…?』
あの日の誓い通り
『…守るよ』
──その笑顔だけは…
『佐助…っ』
お前は怒るであろうな、このような行為。
…俺は、上に立つ者として大失格だ。
全てのものよりも、迷わず私欲を取る、最も愚かな人間。
(成長しておらぬ…)
自分のことばかり考え、嫌な思いが降りかかるのを、避ける。
(いた…っ!)
息をつくのも束の間、彼が深手を負い、窮地に陥っていることを瞬時に理解した。
『佐助ッ!』
お前は、あろうことか、このような所で終わってしまうつもりだったのか?
俺の目の届かぬ場所で。
…約束したというのに。
『──断じて許さぬ…!』
響かぬ咆哮を上げながら、だが、獣でも乗り移ったが如く。
沸き上がる焦燥とともに、一心不乱に駆けた。
『…だんなッ!旦那…っ!』
さ、すけ…
無事、で…
『馬鹿やろぅッ!…分かってたろ、俺がもう保たねぇって!この毒…』
──解毒剤が効いたとしても、血を流し過ぎ、周りには仲間もいない。
彼が、それと引き換えに敵を片付けるつもりだったろうことは、すぐに分かった。
(それでも…)
『──で、笑って…っ!こんなときに、なんでッ』
…聞けば、お前はもっと怒るだろうから
その顔、その涙、その想いが、
──嬉しくて、たまらない、…などと
お前より後に逝くのは嫌だ
お前の死を見るのだけは、御免被る
我儘で横暴な主で、すまぬ。
主以前に、そのような情けない人間で、すまぬ。
お前には、最後まで甘えてばかり。
救うことも出来ず、主に庇われるなど、恩賞とは真逆のものを与えてしまった。
普段から、貧しい給金に喘がせていたというのに。
…だが、あのときは救えると、純粋な思い一つで──
いや、実際は
…ただ、単に
(お前の、傍に……)
『…な、駄、目だ……閉じ、るな…──いやだ、
いやだ、いやだいやだいやだ…!』
あああああああああ!!
───────………!
(さ……)
霞む視界に、絶望が映る。
見たこともない、その色は。
濡れているのに光らぬ瞳が、閉じられた。
映すことへの、放棄。
…そうさせたのは、自分。
(──何て、真似を)
自分がされて嫌なことを、
……最も大事な人、に……
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