追想2
「あの手紙に書かれてた、旦那とかすがちゃんが出会ったことや、旦那がアンタを懐かしいっつってたこと。それと…写真」
今持ってないけど、と佐助は続け、
「うちにも、旦那専属カメラマンがいてさ。そのカメラに、アンタめちゃくちゃ写ってた。すっごい小さくだけど、俺様バカみたいに視力良いのよ。しかも、学園祭よりももっと前から…夏の旅行のときも。
アンタのこと、何か見覚えがあると思ってたのは、それだったみたいでね。…早く、気付くべきだったんだけど」
そこでは顔を歪めたが、すぐに息を整える。
「アンタの素性速攻調べて、それ造った奴買収して、仕掛けも止めた。時間かかったのは、そのせい。ここでの会話から、全部聞こえてたよ。普通にヒント見て向かえば、今頃だったね、確かに」
部屋の鍵は、衝撃で簡単に外れるようになっていたらしい。
「…そろそろ、お迎えの到着だよ。俺様、耳も良いんだよね。アンタも、昔なら結構優れた忍になれてただろうけど…」
佐助は彼の目と鼻の先に寄り、
「良かったね、昔じゃなくてさ。──死よりもエグいこと、知らずに済んで」
と、冷笑した。
その顔を見るのは、彼が最初で最後になるだろう。…今の世においては。
パトカーのサイレンが近付き、大人しくなった彼を、忠勝が部屋の外に連れ出す。
が、幸村の前を過ぎる際に、急に顔だけ振り向き、
「っ!」
何かを吐き出した、と思うと、幸村の胸元から頬にかけ、液体が飛び散った。
「旦那!」
すぐさま忠勝が彼の口を押さえ、佐助は幸村の傍へ駆け寄る。
「…大丈夫だ、身体は何ともねぇ」
小十郎が幸村の胸元の服を裂き、その身が無事なことを示す。
胸の上に詰められていたらしい袋を、美紅が口に仕込んでいた針で破ったようだった。
赤い液体で、
「本物か…?」
臭いに、家康が顔をしかめる。
──口を塞がれた美紅の目は、笑っていた。
恐らくは、あの装置だけでは足りないと、予め仕込んでおいた小道具なのだろう。
「旦那、…何ともない?」
傷がないことに、一旦はホッとした佐助だったが、
(あ、か…)
…あの日の、あの場面が、うっすら重なって映ってしまう。
覚ますよう強く瞬きを繰り返すと、幻影は消えた。
「おぅ、何ともない…」
幸村も微笑むが、やはり体力を消耗しているのだろう、普段より遥かに弱々しい。
顔は先ほどよりも白くなり、細かく震えているようだ。
「緊張が、一気に解けたからだろうな」
小十郎が言い、自分の上着も幸村の肩にかけてやる。
佐助もそうしたかったが、それどころではなく、制服のまま来ていたのだった。
「救急車もすぐ来るからさ、大丈…っ」
その手に触れた瞬間、佐助は息を飲んだ。
──異様に、冷たい。
部屋は冷えていないし、ドレスも薄着のものではない。
「救急車、来た?…緊張のせい、だよね?」
制服の上着を幸村の身体へ追加し、彼の手を他の二人に示す。
触った小十郎も家康も、同じく顔を硬くする。
「──まさか、この血…」
「…救急車、急がせよう!」
家康は一言残し、部屋を飛び出した。
(…そ、だろ…)
詰まっていた血は、かなりの量。
佐助は、蒼白な顔で再度幸村に目をやる。
「!旦那ッ!」
「真田!」
目を閉じていた彼に、二人は悲鳴に近い声を上げた。
幸村は薄く開け、
「…あ。…ねむ……て…」
別人のようにか細い声で言うと、また閉じようとする。
(…駄目だ)
駄目だよ、旦那
そこで目を閉じちゃ、駄目なんだ
(何で、そんな笑ってんの?)
──どうして笑ったんだ?あのとき
痛かったはずだろ?今と違って
(…俺は、痛かったよ)
絶対離さないよう、強く手を握って。
閉じるのは見たくなかったから、先に瞑った。
だから、最期に見たのは、あの笑み。
「──何で、そんな…嫌だ、旦那!」
「っおい、揺らすな猿飛!」
「俺を幸せにしたいっつったじゃん!俺のこと、何より大事なんだろ!?なぁ!」
「…す……」
幸村がわずかに目を大きくし、佐助の名を呼ぶ。
「俺の幸せはアンタだよ、真田幸村!アンタがいりゃ、それでもう遂げられんだぜ!?こんな楽な仕事ないだろ、旦那ぁ…っ!」
──アンタがいなくなりゃ、俺の世界も消える
いつかは来ることだと分かってるけど、でも、それは絶対今じゃない
それに、自分の世界が終わることより──…
「、…す…け…」
幸村の瞳に、佐助の姿が映る。
全開ではないが、その声に応えようとしているのは、明らかだ。
「そうだ、旦那…っ、それでこそアンタだよ。俺しつこいんだから……だから、さっきの言葉をちゃんと覚えててさ。それを強味に、俺を好きなように使いなよ。『お前は、俺がいるだけで良いんだろう?』って…っ」
──俺様を、本物の男前にさせてよ
アンタのことは俺様が一番分かってて、一番愛してるんだ、って
証明させて
…それは、アンタがいなきゃ、無理な話なんだから
目を閉じる前、幸村は頷く代わりのように、佐助の手を震える指で握り返した。
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