特別3
「…ふぅ。満足でござる」
一息つき、幸村が箸を置くと、
「相当飢えてたんだな」
慶次が、からかうように微笑んだ。
「帰ってから、何も食べていなかったので…」
「そっか、そりゃ当然だ。デザート食う?」
「いえ、こちらがありまするので」
と、幸村はカップを見せた。──ココアの甘い匂いが漂う。
空になれば、他の飲み物も選択自由。
これで何時間も粘っている人々は、周りに何組も座っていた。
(…何の用事であろう)
ようやく落ち着け、慶次を見てみると、どこか浮かない顔の彼。
幸村は、すぐに心配になり、
「何か…あったのですか?」
「──……」
慶次は、またも無意識に出していたらしい表情に、…というより自分自身を叱咤する心地になる。
それでも、決したように、
「じゃなくて、幸の方がだろ。…何があったんだ?」
「え?」
戸惑い、ココアを飲もうとした手を止める幸村。
「何が…」
「何で、元気な振りすんの?どうして、あんな風に笑うんだ?」
(え…)
幸村は、驚いたように視線を上げた。
…あの日初めて目にした、怒りをはらむ彼の面持ち。
「お前が言わねぇから我慢してたけど、もう無理。…なぁ、何があったんだよ」
「──何も…。何故、そのような…?」
か細くなる声に、慶次は唇を噛み、
「皆には隠せても、俺には効かない。どんなに上手くやったって、すぐ分かる。だから無駄だよ、これ以上の嘘は」
「………」
幸村は、目を伏せた。
慶次の声は怒気を含んでいるのに、胸に暖かなものが吹いていく。
…喉が詰まったように、準備していた偽りの言葉が出て来ない。
「何で一人で苦しむんだよ。俺には、ああ言ったくせに。もっと甘えてよ、…友達だろ?遠くに行っちゃってんのは、お前の方じゃんか…」
(慶次殿…)
苦しそうに歪める顔に、込み上げてくる何か。
謝らなければ。──だが、それを言うのも辛い。…幸村は、自分の行動への後悔に、押し潰されそうだった。
「さっけの代わりなんか、できるはずないって分かってるよ。だけど、そのあいつがいないんなら…。てか、当人が原因ならさ、…せめて、その次にお前が心預けてる奴に、頼りなよ」
「………」
「それが俺だって言ってんじゃないよ。誰でも良いんだ、皆お前のこと想ってんだから──お前と同じくらい。お前の性格は分かってるけど……寂しいだろ」
「…申し訳…」
──だが、後が続かない。
苦しくて苦しくて、たまらない。
…何もかもが。
「前と同じで、知ってたんだよ、俺ら。さっけのこと。…大晦日の夜…」
慶次は言葉を切るが、幸村の顔は、徐々に解放された色へと変わっていった。
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「何だよ、それ…」
「………」
冬休みの終わりにした佐助との話を終えると、慶次の表情は一変した。
「──んで、そんな嘘つくんだ、あいつ…」
「嘘?」
「嘘だよ。だって、そんな話聞いたことねぇし、病気の彼女とか」
慶次は憤然として言うのだが、
「いいえ、嘘を言っている目ではなかった…あれは」
幸村は、それだけは譲らないと主張するかのように、彼を真っ直ぐ見返す。
「だとしても、お前にその子を重ねてたってのは、絶対違う。嘘じゃないってんなら、あいつは勘違いして…思い込んでるだけだ」
「勘違い…?」
「ああ。悪いけど、俺は絶対に信じないよ。…あいつが、お前以上に他の誰かを想うことなんてあるもんか。きっと、それもその子のための行動じゃない。お前のために決まってる」
(俺の…?)
どういうことだ、と疑問がいくつも飛び出るが、断言する勢いの慶次に、完全に呑まれていた。
(佐助が隠している何か…その話も、含むのであろうか…)
「あいつは本当に、誰よりもお前のことが大好きなんだ。…大事なんだ。どんな事情があろうと、それは変わるはずがない」
「何故…」
──そんなことが、言い切れる?
大晦日の夜の、佐助の真剣な顔や言葉を思い出す。
…確かに、その想いは伝わってきた。
全身が、熱くなるほどに…
「分かるよ。俺だって同じなんだ。あいつの気持ちは、誰よりもよく分かる」
(…ああ、それで…)
彼は、このように必死になるのだ。…自分も、同じく想う人がいるから。
先の彼の言葉通り、誰よりも大好きで、それ以上に大事なものなどありはしない、唯一の人を、
深く、熱く。ひたすら、一心に。
…同じ、ように。
(──痛い)
先日感じた痛みに似ている。…佐助の、あの謝罪の言葉を聞いた際の。
そして、あれが初めてではかった。自分は、何度となく…
「んな顔すんなって。あいつが帰ったら、真っ先に俺がぶん殴って、目ぇ覚ましてやる。…だから大丈夫、心配すんな。あいつは、絶対お前から離れたりしない。嫌うことなんか、あるわけがない。──な?」
安心させるよう、ニッコリと笑う慶次。
…その言葉は、ずっと自分が欲していたもの。
(何故、いつも…)
そうであれば、嬉しい。佐助が、今までのように、自分のもとに──
だというのに、同じほど強くなっていくこの痛み。
つまり、自分は。
「嫉妬ってヤツだよ」
「え…っ?」
突然の慶次の一言に、幸村が見返すと、
「お前が、その女の子に対して抱いた感情。…好きなんだろ?さっけのこと」
「しかし、それは…っ」
「恋とか関係なくても、妬くことあるって。さっけなんか、自覚する前でも、ガンガンだったんだぜ?」
「……っ、」
楽しげに笑う慶次に、幸村は言葉を飲んでしまう。
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