帰郷3



『初めまして。“美紅”です』

「……!」

幸村は、目を見張った。


(まさか、佐助を…!?)


沸いた考えに恐怖すると、彼女はニッコリ笑い、


『すみません、あまりにうるさかったから。寝て頂くことにしたんです』

白い壁に思えたものはシャッターでもあったらしく、ゆっくり上がっていく。


「──!」

そこに見えたものに、幸村の心臓が強く掴まれる。


(佐助…!?──っあ…)


一瞬で血の気が引いたが、そこに倒れていたのは、別人だった。


「…っ、っ!」

声を出せないので、もがくしかできない。


四肢を投げ出し横たわっているのは、あの使用人。
俯せで、部屋が薄暗いため見えにくいが、ピクリとも動かない。

幸村の背中に、冷たい汗が流れていく。…祈るような気持ちで、ケータイを強く握り締めた。


『お別れの儀式をしました。これで本当に、私とあなたの二人…』

うっとりとした声と目で、彼女は幸村を見つめてくる。


(何故、こんな…っ)


彼からそらし、幸村は画面を哀しみの目で睨んだ。


『邪魔だったんです、こうなるには。これで、やっと…。──そうそう、こちらを』

画面が切り替わり、何かのリストが映る。


(これは…)


『…すごいですね、その格好でここまでやるだなんて。あなたと同じ物が欲しくて、手に入れたんです。使用感も再現してるから、全く分からなかったでしょう?──番号までは、さすがに確認する余裕はありませんでしたよね』


幸村の手から、ケータイが落ちる。…必死でかけた電話は、全て犯人のもとにしか届いていなかったのだ。


『…羨ましいですね、本当に。あなたの冷静さを奪う人が。ある意味、私も今はそうですけど…』
「──…」


『綺麗…ですよね。だから、そうなくなれば、あなたの興味も薄れるだろうと思って』

画面は、かすがと政宗の写真に切り替わっている。

加工で、二人の顔が溶けるようにグチャグチャになっていった。


『彼らには、心から惹かれているでしょう。…どこを壊せば良いか分からなかったので、まとめてなくせば良いと思ったんですけど』

元親と元就の写真が映り、白くフェードアウトしていく。

…幸村の視界まで、白くなっていくようだった。


『安心して下さい。今日の写真の彼も、無事ですよ』

『──さぁ、その「とき」まで、もうしばらく休んでいて下さい。…手も、痛めてしまったことでしょうし』


(…何…故…)


彼女の声が段々ぼやけて聞こえ始め、幸村の瞼は急速に重くなっていく。

抗うが、徒労に終わる。

とうとう目を閉じ、意識も後に続いた。














「…様、幸村様…」



(え…)


目の前が、うっすら白んでくる。
ぼんやり映るのは、


「…えっ──」

急いで目を開き、その顔を見上げた。


「着きましたよ。よく眠ってらして…。疲れが、溜まっていたのでしょう」

「ぁ…、え…、……?」



(夢…?)


だが、自分の肩に置かれた手の感触は、紛れもなく本物である。


(あちらが、夢だったのか…)


ほぅ、と息をつき、


「…いや、すみませぬ。嫌な夢を視て…」
「ああ、昼間寝てしまうと、よくありますね。でも、もう大丈夫ですよ。帰って来ましたから」
「はい…、っ」

立ち上がろうとすると、力が入らずストンと腰が落ちる。


「すみませぬ、何やら…」
「大丈夫ですよ」

安心させるよう、使用人は微笑む。
幸村は、ホッとしながら何となく膝に視線を下ろした。


(──え……)


目に入ったものに当惑する。

…何故これが、ここに。



「大丈夫……


『綺麗』──ですよ。…とても…」



使用人は、からかう風ではない。ただ目を細め、幸村を眩しそうに眺めている。

幸村の膝に見えるは、ヒラヒラしたスカートの布地。…鮮やかな赤に染められた。


「あ、の……これは、…かすがへの…」


──信玄からのプレゼントである。

それを、何故自分が着ているのか。…いや、着せられているのか。


「サイズ、ぴったりでしょう。分かりませんでしたか?」
「……」

幸村に、そんな利き目があるわけがない。

…どういうことなのか。


(ウケ狙い…?)


このようなものまで作って?──幸村の頭は、混乱していく。

確かに、かすがは自分の女装姿を気に入っていたようだが、これがプレゼントだなどと言うのは、いくら何でも…


「ここは…」

混乱しながらも、幸村はあることに気が付いた。
やっと周囲を窺ったのだが、確実に武田家ではない。


「どうして…?」
「驚きでしょう?…幸村様の記憶の良さも、素晴らしいですが」
「…忘れるわけがござらぬ」

幸村の目が、涙に滲む。


「ちゃんと、元の場所に建ったままですよ。全て、当時と同じ…」


──忘れられるわけがない、この部屋。


ここは、幸村の両親が健在だった頃まで住んでいた、懐かしい家の一室だった。



(…父上…母上…)


涙を堪え、幸村は使用人を見る。


「ある人が買い取っていたんです。取り壊されたと聞き、幸村様は一度も訪れなかったので」
「存じませんでした…。…お館様が?」

むしろ、これは自分へのプレゼントである。
このドレスにどんな意図があろうと、全て受け入れられる気までした。


「良かったです、喜んでもらえて。想像通り…」
「──しかし、今何時でしょう?これから向こうへ戻るとなると、かなり」
「心配無用です、もう連絡はしておきましたから」

「そ…う、でござるか…」

そう応えながら、幸村はどこか落ち着かない心地に見舞われる。


使用人は、ずっと幸村から目を離さない。

というより、必要以上の視線が感じられ、自分の格好にも居たたまれなかった。

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