帰郷2
「どういうことだ?」
険しい顔で尋ねる元就に、小十郎が二人の代わりに説明した。
それは、幸村が彼らを気遣って武田の警備を付けたのと同じように、幸村や元就にも、伊達家が贔屓にしているボディーガードを付けていた…との話で。
頼んだのは佐助で、政宗も自信を持ってその腕を保証していた。
しかし、あの使用人に怪しまれたらしく、彼は驚くべき運転テクニックで、彼らの車を撒いてしまい、ようやく発見したのは、
「…警察署の駐車場に、車置きっぱなしだってよ」
「何で、そんなとこに…」
すぐに出て来るだろう、と目立たない場所で張っていたが、一時間以上経っても戻らない。
嫌な予感がし、政宗たちに連絡する前に、もう署の中へ入ると…
「──皆、落ち着いて聞くのじゃ…」
と言う、元就よりも険しい信玄の顔に、皆一様に固唾を飲んだ。
「慶次たち、これからこっち向かうってよ」
ホッとしたように元親が言うと、皆の表情が少し和らぐ。
だが、全員やはり顔は固いままである。
「Shit…。あいつの話を聞いてくれてりゃ、こんなことには」
「謝りもしねぇでな」
「腹が立つが、彼らも職業柄頭を下げられんのだろう。…あの彼は、かなり後悔しておった」
武田家の居間に、複数の警察官が訪れている。
その警察署にて、伊達のボディーガードが、バレることを承知で幸村たちの所在を尋ねると、そんな二人組は来ていない、という応えを返された。
そんなはずは、と外の車を示すと、初めは相手にしていなかった向こうも、徐々に眉を寄せ始める。
助手席に、幸村の荷物が置かれたままで、中にはあの手紙や写真が入っていた。
それを、以前相談に来た彼を応対した警察官が見て、顔色を変えたのだという。
使用人のケータイや財布も放置され、痕跡から、二人が何者かに拉致されたのは明白だった。
腕の立つ幸村や、二人まとめてであることから、犯人は恐らく複数。
警察署の駐車場で…など、かなり大胆な手口だが、誰も不審な様子に気付かなかったとは、あちらは相当なプロだと窺える。
そんな者を雇える女子高生なんて、そうそういないと思えるのだが…
元々、元親たちの事件は捜査がなされていたので、政宗へ向けられた薬品の入手先との関連も調べることになったらしい。
聞き込みなどから、幸村たちの行方も全力で捜索してくれているようだが、芳しい報告は入っていない。
保護される側で、身動きすらできない境遇に、彼らは必死に耐えるしかなかった。
「──ありがと」
「ああ…」
政宗が、気のない返事で佐助からそれを受け取る。
いつものデジカメで、佐助は食い入るように画像を見ていた。…学園祭の写真に、『美紅』らしき人物が写っていないか、確認していたのだろう。
しかし、初めは政宗も一緒に覗いたが、そのような者は見つからず。
諦め切れないらしく、一人で何度もボタンを押す佐助を、政宗は未だ痛む後悔の念から、わざと見ないようにしていた。
「…ちょっと、かすがちゃんの様子見て来るわ」
「おう、そうしてやれ」
ショックがひどかったかすがは、隣の部屋で謙信らの傍で休んでいる。
彼女のことも案じていたので、元親はその言葉に安堵した。…佐助自身、何かしていないと普通ではいられないのだろう、と気をやりながら。
「──大丈夫。あいつがどっか行っちまうことなんざ、あり得ねぇ。こんなに大勢の奴らから思われてんのに。神さんってのも、そこまで惨いことしやしねぇよ。鶴の字がいりゃ、絶対そう言うぜ。
『真田さんがそんなことになるなら、神様なんていませんよ。でもいるんですから、必ず戻って来ます。私、神様見たことあるんですからっ』──っつってよ」
「…そうだな」
「……」
元就が柔らかく返すと、政宗は耐えられないよう、俯いた。
「オメーのせいじゃねぇ。幸村、悲しむぜ…お前のこと、大好きなんだからよ」
ポンと肩を叩くと、政宗は「…」と短くこぼす。
聞こえなかったが、礼の言葉だと思っておくことにした。
(…あ、佐助の奴にも言ってやらねぇと)
彼もまた、とことん自分を責めていることだろう。そうは見えないよう、装っているが。
政宗のことは元就に預け、元親は静かに隣の部屋へ向かった。
(──何故だ…)
幸村は、眉を寄せる。
無理な方向に捻った手首は、既に麻痺して指をわずかに動かすしかできない。
奇跡にしか思えないが、ケータイがポケットの中に入ったままだった。
椅子に座らされ、背もたれの後ろでまとめ縛られた両手首。足も同様。
何とか取り出し、震え汗ばむ手から滑らないよう開き、リダイヤル画面から番号を選択し、かけた。
だが、着信だけでは何の情報も伝えられない。とは言っても、ここがどこなのかも、さっぱり分からないのだが。
しかし、身の状況だけでも…と、痛む手指を励まし短文を打ち、メールを送信した。──が、電波が悪いのか、接続不可のメッセージが出る。
先ほどから何度も試すのだが、失敗の連続。
諦め、チラリとしか見えない画面を首を捻り窺い、繰り返し電話をかける。
…大分、混乱していた。
自分がかけるべきは、警察ではないか。
しかし、口をテープで留められ、声を上げることもできないのだ。
(何故、こんなことに…)
警察署に着き、うたた寝から起こされかけたところに、助手席のドアが急に外から開けられ、
──そこからの記憶はない。
気付くと、現状態にいた。
『お目覚めですか?…嬉しい。やっと二人になれましたね』
「っ!」
突然の声に驚き見ると、目の前のテーブルに置かれていたパソコンの画面が、いつの間にか点いている。
中から、美しい少女が幸村に笑いかけていた。
…かなり上手く出来ているが、CGであるのは幸村でも分かる。
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