警鐘4







「…元親殿」

「あ──」

深夜の病院の、誰もいないロビーの椅子に、元親は一人佇んでいた。

幸村がそっと隣へ座ると、彼は背をもたれ、息をつく。


「…いつもだったら、俺を盾にするくせによ、あの馬鹿…」
「………」

小さく洩れた声が消え入りそうで、幸村は衝動のまま元親に顔を向けた。


「普通、俺が庇うべきだろ…何のための図体のデカさだ──なぁ?」

と、膝に置いていた上着を握り締める。

その上着で、飛んでくる破片から二人を護ったのだと聞いていた。


(元就殿は、シャンデリアが落ちると、初めから分かっていたのであろうか…)


そう思いながら、幸村は元親の手の甲に、自分のものを被せる。
込められる力を、少しでも緩めてやれるように。


「…すまねぇ」
「えっ?」

「あいつをあんな目に──俺の、見る目がなかったせいで…っ」

「元親殿…!」

彼の言う通り、その大柄な身体を包んでやることは叶わなかったが、幸村はそのような気持ちが少しでも伝わるよう、元親を抱き寄せた。


「幸村…」

「元親殿のせいではござらん!誰も、そのように思ってなどおらぬ、元就殿も…っ」


──何故、このような悲劇が降りかかるのだ、大好きな二人に。


幸村は、怪我をした元就の心配はもちろんだったが、傷付けられ、自分を責める元親にも、哀しみが止まらない。

元親が受けた痛みは、そっくりそのままとはいかずとも、深く理解できると思った。
きっと同じように、己を苛むだろうことも、容易に予想がつく。

自分のせいで大切な人が。…考えるだけで、身が千切れそうになる。


「元親殿のせいではない。罪を犯したのは、犯人でござる。間違えてはなりませぬ…」

なだめるよう背を撫で、

「某、元就殿が起きた暁には、まず礼を申し上げるつもりでござる。お二人を、よくぞ護って下さったと。…よくぞ、無事に…」


「幸村…」

声を詰まらせる幸村を、今度は元親がしっかりと抱き返す。


「ごめんな──俺、絶対お前の傍にいるっつったのに…」

「…っ、そうですぞ…っ。元就殿からは聞いてはおらぬが、二人とも、いなくなることは許しませぬっ。某、こう見えてしつこいのです、そんなことになれば末代まで祟って」


「そりゃー怖ぇな」と、元親は弱々しくも笑顔を見せる。

幸村の涙腺は決壊寸前にまで及んでいたが、何とか笑顔で返すことには成功した…。













その自己治癒力の高さは医者をも驚かすほど──たった数日で、元就の怪我はほとんど綺麗に癒えていた。

舎弟であった彼は、名前も学校も偽りだったようで、行方を眩ませたままである。
それゆえ、真犯人についても一切分かっていない。


『政宗を恨んでるあいつに薬渡したのも、同じ奴なんじゃないかな』

佐助はそう言い、警察にも伝えたが、反応は至って薄いものだった。


幸村と元就を除いた四人は、中等部から目立つ存在であり、昔から他校にまでその名は及んでいた。

他人に迷惑をかけるほどではなかったが、今思えば、逆恨みに思われるような行為を働いていたかも知れぬ…とのことで。

四人の行動は明らかに『正義』寄りなのだが、相手からしてみれば『悪』だったのだろうか、と。


『ちゃんと、顔まで覚えときゃ良かったねぇ』

佐助の、苦笑する表情が浮かぶ。

彼は、その中に犯人がいるのではないか…と、推理していた。


少々渋る二人をねじ伏せ、政宗は車に元親と元就を同乗させる。

幸村もまた、武田家の車で佐助と慶次を送らせた。慶次のバイトの帰りは、すぐ近所ではあるが、利家に頼み込み、迎えに行ってもらうようにしている。


「旦那、もうすぐ誕生日なんでしょ?」
「えっ?」

休み時間にされた突然の質問に、幸村は面食らうのだが、


「旦那じゃなくて、かすがちゃんのさ。武田の人に聞いたんだけど、誕生パーティーとかやるんだって?」
「えー、楽しそう!」

横にいた慶次が、顔を輝かせる。


「ああ…」

かすがの、登録されている生年月日はその日とズレているのだが、彼らの知るところではないし、幸村にも言うつもりはない。


「武田先生も奥さんもさ、俺らも来ないかって。行っても良ーい?」
「!そうなのか!いや、それは是非とも!」

久々の明るい話題に、幸村の顔はみるみる綻んでいった。


「Huーm…、presentは何にするよ?」
「今日、帰りに見てみようぜ。元就、生徒会ねんだろ?」
「ああ、引き継ぎは来週からだ」
「んじゃ、今日は俺らも政宗んとこの車だなー。幸も一緒に行こうぜ?もう用意してたら悪いけど」
「いえ、実はまだ…」

危ない、最近の出来事のせいでプレゼント無しになるところだった…と、幸村は冷や汗をかく。


「──大丈夫だって。俺様たち、悪運強いんだから。ねぇ?」
「そうそう!んな顔すんなよ」

最近、気を抜くとすぐに不安げな色を出してしまっているらしく、佐助と慶次からは、頻繁にこのような言葉をかけられていた。


「はい…」

謝れば、さらに二人に悪い。二人を見習い、幸村も笑顔で返す。


(気にするな…)


幸村の気掛かりは、実はそのことだけではなかった。
大分悩んだ末、警察へ話してみたのだが、


(自分でも、おかしいことを言っていると、よく分かる…)



──あの、『美紅殿』からの手紙。


いや、正しくは手紙ではなく、…写真。



二人が危ない目に遭ったあの日、入っていた写真には、幸村の他に元親と元就が写っていた。

手紙は、いつもの如く幸村や友人を称える内容で、どこも奇妙なところは窺えなかったが…


佐助の推理を聞いてから、『まさか』と浮かんだのが、始まりだった。

忘れていたのは、政宗の事件のせいで読む気が失せたから…つまり、受け取ったのはその日で。


(もしかすると、かすがのコンビニの件も…)


と、そのときは真剣に思えたのだが、警察に行き淡々とチグハグさを指摘されると、空回りに顔を熱くする他なかったのである。


写真が故意だとするならば、自分のファンであるという言葉は、真っ赤な嘘になるだろう。
己に為されるよりも、遥かに痛手を被る──自分への憎悪は、相当なものだ。


(…やはり、飛躍し過ぎだ)


警察に行き否定され、大いに安心した。…そうなりたくて赴いたのかも知れないと、後で思ったのも事実だが。


このことは、誰にも話していない。

しかし、まだ被害を受けていない彼らが気になるのは、仕方のない話であった。


「大丈夫だから」


不安なのは二人の方であろうに、優しく笑う顔を見て幸村はいつもホッとする。

同時に、ほとほと頼り甲斐のない…と、自身の幼稚さも痛感するのであった。

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