警鐘3
何度目かで、足の手錠は外れた。
すぐに、元親は手の解放の方へ取りかかる。
元就は、脚がそこまでの負傷を受けていないことに安堵しながら、感覚を取り戻すよう、可能なまでの柔軟を行った。
「しかし、こんなときに限って、俺を頼るなんてな」
元親の一言に、「違うわ」とキレざまに言い返したかった元就だが、
「…ってのに、クソ──」
(──…)
先の言葉は冗談めかして呟いたくせに、唇を噛み締める元親の姿に、実現できなくなる。
「…イベントは、どうであった」
「!そりゃ、すげぇの何の──けど、テレビでもやるし、別に見に行かねーでも…」
「生で見るのとは違うと、あそこまで豪語しておったではないか」
「…そうだけどよ」
消沈する顔に、元就の気分は上下を行ったり来たりの、複雑な動きを見せた。
こうなった理由を知ったとき、この顔がもっと歪むのかと思うと…
「──これと、イベントのことは何も関係がない」
「…分かってっけど…」
なかなか合う鍵に当たらず、元親は少々苛ついた様子を見せる。
元就の言葉へではなく、自分に対しての。
……似ている、と思った。
以前から、思っていたことではあるが。
佐助がよく彼をからかうのも、それが理由なのではないか──と。…恐らく、自分も同じであるからだと、薄々分かってもいた。
甘えてしまうのだ、──惹かれるゆえに。
その、どこまでも温かく広い…
(…お前も、昔から変わっておらぬな)
ふっと笑いが湧くと同時、手錠から『カチリ』という音が鳴る。
「おしっ、外れ…」
元親の明るい声も最後まで聞かず、元就は彼の腕を掴み立ち上がった。
(へっ?)
何をされたのか理解する前に、元親の頭や身体に衝撃が走る。
気付いたときには、元親はそこから数メートル離れた場所まで突き飛ばされていた。
見た目よりも遥かな剛腕の彼に、思い切り押されたらしい。
「っおい、何だよいきなり!」
「目を閉じ、頭を守れ!!」
(はっ──?)
初めて聞いた、元就の大声。
どこだ、と彼の居場所を把握する前に、目の前が黒く覆われた。
「元就殿は…!?」
病院の入口で待っていた政宗に、駆け付けた幸村、かすが、佐助、慶次が詰め寄る。
知らせを受け、四人はタクシーで乗り合わせて来た。
担任である小十郎にはすぐ連絡がいったので、政宗も一緒に来ていたらしいのだが。
「今は、疲れたみてーで眠ってんよ。親御さんと小十郎たちは警察の話聞いてっから」
と、病室へ案内する。
「元就──」
ベッドで横たわる彼に、慶次だけでなく皆が息を飲んだ。
…昼間学園で接していた姿と、丸きり変わってしまっている。
「何で…」
佐助の掠れた声を受け、政宗は静かに事のあらましを話した。
「怪我は、大したもんじゃねぇらしい。見た目はひでぇが…」
「…ですが!」
幸村が震えた声を出す。
何故、元就があんな場所へ行き拘束されていたのかは、彼の口から詳細に警察へ報告された。
怪我は、暴行によるものがほとんどだが、
「一歩間違っていれば…」
「…そうだな」
政宗の返しに、全員が沈黙してしまう。
──元親が手錠の鍵を開けた後、彼らがいた場所に、天井へ付いていたシャンデリアが落下したのだという。
初めから仕掛けになっていたようで、手錠が両方外れるのが、その信号であったらしい。
であるので、イベント後に写メールに気付いた元親が彼を救出しに来る──その流れで、向こうとしては構わなかったようなのだ。
捜査は全てこれからなので、犯人の目的も何もさっぱり分からないのだが、元就の話からは、舎弟を名乗っていた彼は誰かに雇われていて、
その『誰か』が黒幕なのだろうが、一体何故…
(──んだよ、これ…)
ショックは抜けないが、佐助の頭の中は早くもそちらへ傾いていた。
まだ見ぬ犯人への怒りが、足元から沸いてくる。
「政宗殿、元親殿は…っ?」
ハッと幸村が顔を上げるが、
「あいつも警察から話とか…一人になりてぇみてーで、ロビーに」
「あっ、幸!」
慶次が止めるのも聞かず、幸村は病室を出て行った。
「…お前、そんな顔を幸村の前で見せるなよ」
かすがが佐助に言うと、
「かすがちゃんこそ。二人とも、すっげぇ顔」
と、慶次が顔を歪める。
…笑おうとしたようだが、上手くいかなかったらしい。
(こいつの事件が凪いで来たところに、こんな…)
政宗に目をやり、佐助は奥歯を噛み締めた。
「何か、おかしいぜ。…元親は俺らみてぇに恨みを買うような奴じゃねーし、ここまでの目に遭わされる謂れもねぇだろ」
「…だよね。就ちゃんだって、敵はいるかも知んないけど、その前にアンタの方が消されてるよね」
いつもなら憤るだろう佐助の台詞にも、政宗は同意を示す。
「んじゃ、何だってんだ?どこのどいつだよ、こんなひでぇことする奴…!」
慶次が悲痛な声を上げ、「何で…」と、ベッドの傍にあった丸椅子に力なく腰掛けた。
「………」
「──…」
佐助と政宗もその姿に覚まされたよう、顔から険を抜き、彼に倣う。
…かすがは、ただ黙って彼らを見守るしかできなかった。
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