警鐘2







「はい、『恋文』」

「!!」

マンションのエレベーターの前で、かすがが幸村へ封筒を渡した。

武田家の車で佐助を送った後、二人も降ろしてもらい、今に到る。


「〜〜ちっ、がう!!ここ、恋文ではなく、…ファンレターだ!この、『美紅』という名はだな…っ」

真っ赤な顔になりながらも、何とか説明すると、「そうなのか」と頷くかすが。


「わざわざ、ここまで入れに来るなんてな。随分熱心なファンだ」
「…皆には、決して言うなよ」
「言わないよ」

佐助を初め、ポストの前で張り込む云々言い出しかねない。…そんな面倒な結果を招くような行為、賢い彼女には、毛頭する気などなかった。


「でもすごいじゃないか、ファンクラブだなんて。毛利たち以外で、お前にもできるとはな」

部屋に入り、かすがは笑って、

「お前も、近付き難い存在だと思われてるんだな」


「そうか…?」

幸村は首をひねり、「佐助たちにもあるんじゃないのか?皆、俺より遥かに人気があるが」

かすがは、「まぁ、顔は広いようだがな」と皮肉っぽく笑う。


「伊達、毛利、石田は愛想が皆無だろ?伊達は二人ほどじゃないが、目付き悪いしな。それに比べると、猿飛、慶次、長曾我部は壁が無いように見えるんだろ。前二人は、可愛い女の子には特に調子が良いし」

「あ、ああ…」

鼻で笑うかすがに、幸村も小さく笑うしかない。
確かに、皆と親しくならなければ、自分も彼らをそういう目で見ていたのかも知れない…


(──あ、そういえば)


自室に入り、手紙の封を開けようとしたところで、幸村はその手を止めた。

以前もらったものを、まだ読んでいないのを思い出し、慌てて引き出しを探る。…政宗への心配で、すっかり失念していた。


(…何と)


取り出した中身に、幸村の手が再び止まる。

写真には、女装姿の幸村と、それに向き合う政宗の横顔。


(これは、着替える前に、政宗殿だけが戻って来たときの…)


他の出場者や、着替えを手伝う女生徒たちは大勢いたが、政宗に写真を撮らせたのは、確か人影のない場所だったのだが。

全く気付かなかったが、あのときどこかの陰に彼女は潜んでいたのだろうか。…だとすれば、結構な武芸者である気がする。
それとも、カメラの望遠機能が、信じられないほど性能が良いのか…


“お二人は、体育でいつも競ってますよね。授業中、ついついグラウンドに目がいっちゃいます”

“伊達さんに勝ったときの真田さんは、本当に嬉しそうで…”

“お二人が、お互いをとても大事に思っているのが伝わってきます”



(…やはり、美紅殿はよく見ておられる)


政宗のあの笑顔や、未だに浅く刺す痛みが浮かび、幸村は軽く笑った。



“伊達さんが、ちょっぴり羨ましいです”──


写真だけ抜き取り、手紙は引き出しの中へ再びしまう。

アルバムに写真を挟み、幸村は今日もらった手紙を手に取った。













『何だってテメェは、いつもそう──』


『分かってたよ、初めから全部自分のせいだったってのは…』



──苦しみと哀しみに歪む顔。


…もう、二度と見たくはない…









身体中の痛みがひどく、かえって一つに集中せずに済む。

幾度も殴られた顔が、熱を帯びている。冷たいコンクリートが好ましいと思ったのは、これまでの人生で初めてのことだった。…そうおかしくもないが、笑いが込み上げてくる。

両手足は手錠を掛けられ、細い柱と扉の枠組みに繋がれていた。
よって、移動することも叶わず、ただ顔や視線を動かせるのみ。


元就は、自分の真上に見えるシャンデリアをぼぅっと眺めていた。

電気は通っていないが、周りの建物の灯りに照らされ、繊細なガラスの飾りが輝いているように見える。天井が高いので、よくは望めないのだが。



『ジャリ』


「…っ!」

響く足音に、元就は引きつる身体を強張らせた。
近付く人影を、ジッと凝視していると、


「ッ!元就…!?」
「──!」

向こうも愕然としていたが、それは元就も同様。
声を上げようとしたが、その前に彼の方が慌てて元就に駆け寄った。


「何だ、これ…ッ!お前、何で──何があったんだ!?」
「…お前、こそ……イベント…」

時刻は分からないが、感覚で予測すれば、イベントが終わるにはまだ早いはずである。


「空き時間にケータイ見てよ、…何かヤな予感がしたんだが、」

と、ケータイのメール画面を見せる。


“○○四丁目、××ビル”


それは、このビルに入った際に元就が作りかけていた一文だった。
あの、舎弟を偽っていた彼は気付いてもいなかったが、事態によっては元親にすぐ入れられるよう構えていたのだ。


(送信してしまっていたのか…)


ケータイを壊しまでしたというのに何と間抜けな、と自分に呆れ返る元就。


「すまねぇ、俺が早く気付いてりゃ…」
「………」


(馬鹿が…)


それは、自分のしくじりへの言葉であるとともに、


(我が洗脳されるまで、何度も…)


…めったに目にかかれる規模の大会ではなくて。チケットを取るのに、それは馬鹿げたまでの労力を使い。
取れた際には、顔を輝かせ皆に発表し、

終わった後は、憧れの選手のサイン会に必ず並ぶのだと──


「…馬鹿めが」

小声で呟いたが、それ以上は何も言わなかった。…言ったところで、返ってくる言葉はもう分かりきっている。


「まぁ、話は後だよな。…これか?鍵」

元親が、転がっていた鍵束を拾い上げた。

何故、そんなものを置いたままなのか疑問に思うまでの余裕はないようで、切羽詰まった表情で元就の手足を窺う。


「…足から外せ。それと、上着を貸せ…」

口の中が切れているため、巧く喋ることはできなかったが、そう言うと元親は少しホッとしたように、


「あ、寒かったよな」

上着を元就に掛け、足の手錠の鍵穴に、いくつもある鍵を差し試す。

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