愛慕4
「──あ、かすが」
リビングで雑誌を読む彼女に声をかけたが、返事がない。
よく見てみると、両耳にイヤホンが付いていた。
ならば、と幸村はいつものように身体を揺すろうとその腕に触れたのだが、
「いっ…」
ビクリと震え、かすがが振り返る。
(え、)
…軽く触った程度だったのだが。
幸村の戸惑いも、直後『しまった』という顔になったかすがのそれに、すぐに消えた。
「どうした?…怪我、しておったのか?」
心配そうに聞く彼に、かすがは諦めたようイヤホンを外し、
「大したものじゃないよ、大丈夫」
と、その手を静かに退かせる。
「あ、こらっ…」
「…ッ!?」
咎める声を無視し、幸村は彼女の袖をまくり、愕然とした。
──腕にくっきりと付いた、鬱血した痕…
「どうしたのだ、これは…!」
はぁ、とかすがは息をつき、「昨日…」と訳を話し始める。
昨晩、幸村の入浴中に近所のコンビニへ出ると、途中で女性にしつこく絡む数人の男に遭遇したらしい。
…そこまで聞けば、充分だった。
「夜は一人で出歩くなと言ったであろう…!何のためのオートロックだ!?風呂に入る前に俺に言えば、買って来たのに!」
「ご、めん…。入ってから無いことに気付いて…それに、私じゃないと分からない物だったし」
「なら、二人で行けば良かっただろう!全く…!」
「……」
ぶりぶり怒りながら、幸村はかすがの腕を取る。
「…相当痛むのか?」
「そうでもないよ、大丈夫。…ごめん」
「それが謝る顔か?」
「だって…」
抑えられないように笑うかすがを、幸村は口をへの字にして睨む。
しかし、それが喜びからの笑みだと分かっているので、強くも出られなくなる。
「しかし、かすがの腕を取るのだとは…なかなかの手練れであるな」
「そうだな、私もちょっと驚いたよ。たまたまどこからか来てた、余所の奴らだろうって。この辺、治安良いし」
「だからといって、」
「分かってる、もう絶対しない」
珍しく立場の強さが逆転した二人だったが、妹には、兄からの愛情を再び知れたことの方が大きかったようだ。
…兄の方は、自室に戻るまで渋い顔だったが。
(あ、手紙…)
きちんと読んでいなかったのを思い出し、今一度丁寧に目を通す。
相変わらず恥ずかしくなる内容だが、いかにも『ファンです!』といった風なので、そこには安堵していた。
“こんな美しい姉妹がいたら、有名になるのは学園内じゃ収まりませんよ!”
──などと。
(…美紅殿は、俺ではなく『ユキ』と『ユーラ』のファンなのではないだろうか)
そう思ってしまうのは、致仕方ないことであろう。
“いつも仲が良さそうで、見ているこちらも微笑ましくなります”
しかし、彼女は自分のことをよく知ってくれている、と幸村は思う。
彼が大事にしているものを、ちゃんと分かっている──手紙から、それがまざまざと伝わってくるのだ。
(…良く撮れている)
写真を再度眺め、もらったアルバムの中へ挟む。…そこには、普段は兄妹の二人が、姉妹の如く仲良く並ぶ姿。
アルバムを引き出しに入れ、試験勉強の最後の見直しを始める。
後で、あの紅茶を淹れてもらおう──彼女がした方が、自分のときより数段美味いので──と思いながら、ベッドの中で眠ってしまっていた。
今学期最後でもある試験が終わり、教室内はホッとしたムードに包まれていた。
慶次は早速バイトらしく、足早に立ち去り、元就も生徒会に行くというので、残った四人でしばらく談笑する。
試験中は、そのまま家に帰るよう信玄に言われていたので、幸村たちは今日まで徒歩下校。佐助は解放感も加わる中、もうウッキウキである。
「寄るとこあっから先帰るわ。Good bye」
政宗が去ると、元親が「俺も──」と、立ち上がる。
俺様に気を遣って…と、佐助は、彼らの頭を撫でてやりたいくらいの上機嫌に見舞われたが、
「…元親殿?」
幸村が、怪訝な顔で彼を呼び止める。
旦那、余計なことしちゃダメだって!と、内心叫ぶ佐助。
だが、引き留められた元親は、幸村の行動に明らかにギクッとしてみせた。
「何を隠して…?」
「ぅおっ、…ぇえっ?」
突然前に立ちはだかり、じっと見上げてくる幸村に、元親は目を泳がせる。
佐助もやっと不審に思い、「親ちゃん…?」と顔を覗いた。
「………」
元親は溜め息をつくと、「政宗、尾けようと思ってよ」
「「…へ?」」
まさか、彼の名が出てくるとは思っていなかった二人。同じようにキョトンとする。
「あいつ、呼び出し食らっててよ…他校の三年の奴らから。しつこくて結構強ぇって有名な奴らだもんで、…あいつは、絶対来んな、来たらシメるっつーんだけどよ」
「あー…、なるほどね」
「何と…。向こうは、一体何人来るのでしょう?」
「それが分かんねーからよ。まぁ、大丈夫なら別に良んだよ。見つかんねーようにするし、もしヤバいってことになったとき、後味悪ぃの俺じゃねーか?…で、よ」
「政宗殿、もうあんなところですぞ!早く追わなければ!」
「「はっ?」」
次は、元親と佐助が呆気にとられる番だった。
幸村は、窓から門までを見た後、すぐに荷物を抱えて教室を飛び出す。
「おい、幸村っ?」
「ちょっと、旦那ぁ──」
元親は、幸村がいれば隠れるのが上手くいかないような予感に焦り、佐助は二人きりの時間を邪魔されたことに絶望しながらも、
引き戻せるなどという幻想はさっさと捨て、彼の後を追ったのだった。
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